テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1236話】「花を催すの雨」 2022(令和4)年4月21日~30日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1236話です。

 4月12日境内の桜が満開になりました。去年よりは10日も遅く、やっと咲いたかという感じでした。その日の朝、近所のTさんがお出でになり、「今日未明に母が亡くなりました」と言うのです。驚きました。ついこの間、畑で仕事をしている姿を見かけたばかりっだったからです。

 Tさんは、「私が母を死なせたようなものです」と自分を責めるかのように、涙ながらに語るのです。「母は体が弱くなっている父のことを案じて、自分の体調がすぐれないことを、口に出すことはなかったのです。息子として、それに気づかずにいたのは情けないです。ギリギリの状態になって、病院に行った時は、医者にもう長くはない事を告げられました」。

 わずか3週間ほどの入院で、88歳の生涯を終えたTさんのお母さん。今月末には誕生日を迎えるはずでした。やっと桜も満開になって、春を迎えようという時です。そして、3日後のお通夜の時は冷たい雨が降っていました。やっと咲いた花びらが、涙雨に濡れてひとつふたつと落ち、哀れを誘います。満開になったのに、みんなに愛でてもらうことなく散りゆく桜に、Tさんのお母さんの姿が重なります。

 いつも畑で働いている方でした。近所ですのでしょっちゅう通りがかりにお会いしました。暑い日も寒い日も、朝であれ夕方であれ、土をなめるように身をかがめて、畑の手入れをしていました。晩年はだいぶ腰も曲がりたいへんそうでしたが、元気な声で挨拶をされます。最後まで自分のことより、家族のことに思いを致し、気丈にふるまった人生の締めくくりが、花を散らすような冷たい雨とは、なんという巡り合わせでしょう。

 でも彼女は、棺の中でもっと別の感じ方をしていたかもしれません。頼鴨崖(らい おうがい)の言葉に次のようなのがあります「花を落とすの雨は 是れ花を催すの雨」。確かに雨は、無情にも花を散らしてしまいます。その同じ雨が、作物にとっては恵みの雨となることもあります。畑仕事に生涯をかけていた彼女なら、その事を一番納得しているでしょう。

 生きていくということは、自分に都合の良いお天気ばかりが巡ってくるわけではありません。雨の日風の日様々な天気の中でも、明日の良き実りを思い描いて、くさらず挫けず、汗を流し続けることに、人生の意義があります。彼女は丸まった背中で、それを教えてくれました。間もなく畑の土手には、そんな彼女が育てた美しい花々が咲くことでしょう。

 火葬場でTさんは、母の棺を何度も何度もたたきながら、涙声でさようならとありがとうを繰り返していました。いまTさんの母が眠るお墓には、小さな缶が備えてあります。その蓋には「線香・ライターが入っています。お使いください」と書いてあります。多くの方に母の人生を偲んでいただきたいというTさんの切なる親孝行心がもたらした気遣いでしょう。

 それでは又、5月1日よりお耳にかかりましょう。

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