テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1290話】「諦めないで明らめる」 2023(令和5)年10月21日~31日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1290話です。

 私たちが本山に修行に行くとき、修行に必要ないものは一切持つことを許されません。お金もそうです。ところが、着物の襟にお札を縫い付けて来る者がいました。何ぞの時に役立てるようにという涙ぐましい親心の仕業です。

 さて、今年のノーベル生理学・医学賞に輝いたペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授の半生は劇的なものがあります。1955年ハンガリーに生まれ、水道もテレビもない幼年期を過ごします。それでも愛する家族のおかげで、10代半ばで研究者になる決心をし、遺伝物質を研究する分子生物学に励みます。しかし、30歳の時、所属先で研究費を打ち切られ、欧州ではどこも受け入れてはくれませんでした。

 唯一受け入れ先となったのはアメリカです。夫と2歳の娘と一緒にハンガリーを離れることにしました。当時は国外への通貨持ち出しが厳しく制限されていました。自家用車を売って得た900ポンドが全財産です。娘が持つクマのぬいぐるみの「テディベア」の中に隠し持ってアメリカに渡ります。「私たちのチケットは片道だけ」と、新しい世界で生きるために退路を断っての旅立ちでした。

 大学での研究はメッセンジャーRNAの医療応用でした。しかし、それは体内では異物とみなされ、強い炎症反応を起こす扱いが難しい物質でした。そのため上司からは「社会的に意義のある研究とは認めがたい」と言われ、助教授からの降格という憂き目にもあいます。助成金は全く得られないなど、いくつもの悔しい思いをします。それでも彼女は決して諦めず、基礎的研究を積み重ね、メッセンジャーRNAが免疫反応を起こさないようにする操作法を発見します。2005年のことです。それもすぐには注目されませんでした。

 そして2019年に新型コロナウイルスが流行することになります。そのためのワクチンが必要となるも、開発には数年かかるとされました。しかし彼女が発見した技術により、1年足らずで接種が始まりました。そのことにより世界中の何百万人もの命を救ったという人類貢献が、ノーベル賞で大きく評価されたのです。テディベアに財産を隠し持っての渡米がその始まりです。そして、他人に惑わされず、自分の研究に信念をもって諦めない姿勢が栄誉をもたらしました。

 世間的に諦めるとは、仕方がないと断念することです。しかし、仏教の「あきらめる」は「明るい」という字の「明らめる」つまり「明らかにする」ということで、お悟りを開くと同意語です。彼女は諦めなかったが故に、ワクチンの実用化につながる新技術を明らめることができたのです。立派なお悟りに匹敵する業績です。さて、襟にお札を入れて修行した僧侶も、仏道を明らめて悩み苦しむ人々を救っていると信じたいのですが、まだノーベル平和賞にはなっていないようです。

 それでは又、11月1日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【1308話】
「花咲か爺さん」
2024(令和6)年4月21日~30日

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1308話です。 枯れ木に花を咲かせたのは「花咲か爺さん」、被災地の荒地に花を咲かせたのは「NPO法人三島緑の会」です。静岡県三島市の団体で、東日本大震災後の2013年から日本沙漠緑化実践協会の植樹活動に参加し、毎年山元町に桜を植樹して下さっています。一昨年はコロナ禍のためお出でいただけませんでしたが、苗木を送って下さいました。縁... [続きを読む]

【1307話】
「揺らがず大遠忌」
2024(令和6)年4月11日~20日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1307話です。 たとえばですが、「正月の元旦に地震の避難訓練をします」と言われて、参加しますか?正月早々とんでもないと、誰でも思います。しかし無常なる自然は、正月とか人間の都合に忖度しません。能登半島では元旦にとんでもない地震が起きたのです。 実は能登半島は曹洞宗にとっては聖地です。曹洞宗に... [続きを読む]

【1306話】
「シッダールタ」
2024(令和6)年4月1日~10日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1306話です。 「文殊丸」「行生」という2人の名前で、どなたかわかりますか。ヒントはどちらも曹洞宗に関わる方です。文殊丸は大本山永平寺を開かれた道元禅師、行生は大本山總持寺を開かれた瑩山禅師の幼名です。昔は幼い時に仮に名付ける名前や元服以前の名前を持つことがあったようです。 さて、4月8日は... [続きを読む]