テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第876話】「願力と眼力」 2012(平成24)年4月21日-30日

住職が語る法話を聴くことができます

20120421.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第876話です。
 ヴェトナムの高僧であるティク・ナット・ハンは、何も書いていない白い紙を示して言いました。「この白い紙を見て下さい。何が見えますか」。誰が見ても、文字も絵も書いていない紙ですので、何も見えません。しかし、ティク・ナット・ハンは言うのです。「紙の原料は何でしょう。木ですね。木が育つことを考えてみて下さい」。
 なるほど。木が育つためには、まず、大地に木の種が落ち、その芽が育つためには、水が必要であり、太陽の光もなくてはなりません。紙の原料となるほどに育った木を、山から切り出し、パルプにする過程があります。製品となった紙を運ぶ人、売る人がいます。などなどに、思いを巡らすと、何も書いていない白い紙にも、壮大なドラマに匹敵するような物語を想像できます。
 欧米ではダライ・ラマと並び称されるティク・ナット・ハンは、白い紙の例え話で、見えないものへの想像力を働かすことの大切さを説いています。その想像力があれば、「たかが紙きれ一枚、されど紙きれ一枚」となります。破ろうが捨てようが一枚の紙きれなら、未練はないかもしれません。されど紙きれ一枚にも、自然界の多くの命やおかげがあって存在しているのだと想像すれば、何というもったいない一枚の紙であることよ、ということになります。一枚の紙にも手を合わせたくなるほどです。
 さて、誰もが想像もできないような甚大な被害がもたらされた東日本大震災でした。そのひとつに、福島の東京電力福島第1原発事故があります。もはや、想像力を働かせるまでもなく、樹木を伐採しても、原発被害を受けていれば、その処分も簡単ではないという深刻さがあります。想像力を働かせ過ぎて、一枚の紙の原料の産地をも詮索していると、それは風評被害を招くだけです。正しい想像力とは言えません。
 慧い眼と書く「慧眼」という言葉があります。物事の本質を鋭く見抜く洞察力ということです。いわゆる眼力のあるということでしょうか。慧眼を以って紙きれ一枚をみれば、原発の恐ろしさは、たちどころに理解できます。樹木を原料とする紙を、もしかしたら作ることができなくなる可能性だってあるということです。たかが紙きれというなかれ、されど紙きれです。だから、紙きれ一枚でもほんとうに大切にできるような、もったいない生活を実践して、原発の電力にも頼らずに生きて行くぞという覚悟ができるでしょうか。そこまで想像できて、その人は眼力があると言えます。そのためには、すべての人の幸せを考えるとき、一人ひとりが慎みある生活をしていきますという願いを立てて、それを貫く意気込みを指す願力も常に養っておかなければなりません。願力眼力に通ず、です。
 それでは又、5月1日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1201話】
「皆勤賞」
2021(令和3)年5月1日~10日

news image

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1201話です。 私の中学高校時代には、無遅刻無欠席者には皆勤賞、遅刻はしたが無欠席者には精勤賞というのがありました。私は6年間無遅刻無欠席で皆勤賞になり、記念に18金のネクタイピンをいただきました。卒業年度の1968という数字も刻印されています。 こんな手前味噌の話をしたのは、4月3日の河北新報に掲載された仙台市の木村大志さん... [続きを読む]

【第1200話】
「島田さん」
2021(令和3)年4月21日~30日

news image

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1200話です。 「新聞でお名前見てると看護士が95歳の心を癒やす」島田啓三郎。これは2月28日の河北新報の歌壇に載った歌です。島田さんは私のもう一つの住職地徳泉寺の檀家さんで、総代を勤めいただいたこともあります。しかし、去る2月25日に数え年97歳で旅立たれました。その3日後の新聞掲載だったの... [続きを読む]

【第1199話】
「サクラサク」
2021(令和3)年4月11日~20日

news image

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1199話です。 東日本大震災の大津波で何もかもが流され、もはや元の姿に戻ることはできないと諦めの気持ちでした。ある朝、鶯の声が耳に入ってきて、我に返ったのです。こんな時にも自然は変わらず営み続けている。それから季節の移ろいをメモするようになりました。季節を感じることで、悲惨な現状に流されまいと... [続きを読む]