テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1010話】「語り草」 2016(平成28)年1月11日-20日

住職が語る法話を聴くことができます

1010_25.JPG
 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1010話です。
 それは一本の草から始まりました。東日本大震災当初、我が山元町は53万3千トンの瓦礫が散乱していました。これは町のゴミに換算すると、152年分の量に相当するそうです。その惨状を見て、もはや草一本も生えないだろうと思いました。しかし、3カ月後、瓦礫が取り除かれた跡地に、一本の草が生えていたのです。素直に感動しました。この世の終わりとも思える状況の中で、一本の草に大いなる命を感じました。
 実は徳本寺の末寺で私が兼務住職をしている徳泉寺は、同じ町内の沿岸部にあったため、本堂などすべてが流されて、跡形もなくなっていました。しかし、本尊のお釈迦さまだけは、瓦礫の中から発見され無事でした。何とかこの奇跡の本尊さまをもう一度安置して、みなさまに手を合わせていただきたいと願いました。しかし、檀家さんもすべて被災している中で、本堂再建の話などできるわけがありません。
 そんな時、「一本の草」が、勇気を与えてくれました。こんなときにも草は生えてきた。自分も何かをしなければ。些細なことでも、動けば進むことはできるはずだ。そして、一本の草ならぬ、一文字の写経を思いつきました。しかも、はがきに写経すれば、全国どこからでも簡単に納経できるということで、復興を祈願する「はがき一文字写経」を呼びかけました。
 一文字は些細ですが、たくさん集まれば、大きな力になります。おかげさまで、北海道から沖縄まで多くの方に、一口5千円の写経納経をいただき、現在5千口を超える数になっています。目標に確実に近づいてきました。これにはひとりで何回も写経して下さる方々のお力もあってのことです。これまでの最高は、東京のAさんという女性の14回です。お盆・お彼岸など節目ごとに、涼やかな一文字を認めたはがきを届けて下さいます。そのひたむきな写経の功徳は、どれだけ被災地の人々の励みになっているか分かりません。昨年Aさんはこの被災地を訪ねても下さいました。
 「功徳海中、一滴も也(ま)た譲ること莫(なか)れ。善根山上、一塵も亦(また)積むべきか」と道元禅師はお示しです。「大海といえども、一滴の集まりであるように、功徳を積むことにおいて、些細なことでも他人任せにはしない。一塵の土砂を軽んじても、大きい山にならないように、ひとつひとつの努力の積み重ねが善き結果となる」ということでしょう。たった一文字と言うことなかれです。
 一本の草から始まった「はがき一文字写経」ですが、下書きを「草案」と言うように、「草」には「事の始まり」という意味があります。今年は「はがき一文字写経で本堂再建」という「語り草」を育てていきます。
ここでお知らせ致します。テレホン法話の千話を記念して、テレホン法話集『千話一話―3.11その先へ』(定価千円)が発売されました。
 ここでお知らせ致します。本と写経のお申し込みは、徳本寺のFAX0223-38-1495もしくはホームページ(本のお申し込み) (写経のお申し込み)にて受け付けております。
 それでは又、1月21日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1251話】
「到彼岸」
2022(令和4)年9月21日~30日

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1251話です。 安倍元首相の国葬に反対の声が大きくなっています。その理由の一つに、きちんとした法の定めがないからです。一方、春秋の彼岸の中日にあたる、春分の日と秋分の日は、祝日法によりその意義も定められています。春分の日は「自然をたたえ、生きものをいつくしむ」、秋分の日は「先祖を敬い、亡き人をしのぶ」となっています。正々堂々とお... [続きを読む]

【第1250話】
「寛恕なる家族葬」
2022(令和4)年9月11日~20日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1250話です。 「惜別の機会を近所の人にも」という新聞投書がありました。75歳のAさんが亡くなったとき、その息子さんに「近所の人には葬儀に来て頂かなくて結構です」とBさんは言われました。Bさんは独り暮らしのAさんの通院の送迎をしていたほど親しかったのです。身内だけの葬儀もいいが、親が頼りにして... [続きを読む]

【第1249話】
「日本一からの招待」
2022(令和4)年9月1日~10日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1249話です。 地元の新聞「河北新報」の名前は、戊辰戦争に敗れた東北地方を軽視する言葉「白河以北一山百文」に由来します。明治30年創刊の河北新報は、この言葉を逆手に取って、東北復権の志を示そうと、敢えて「河北」と名付けました。 高校野球界においても、「東北地方は一山百文」的な見方をされてきた... [続きを読む]