テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1029話】「返信への変身」 2016(平成28)年7月21日-31日

住職が語る法話を聴くことができます

1029.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1029話です。
 「三途の川に流されて、あの世にも、この世にもいないというのが、永さんらしい『大往生』だと思います」とは、永六輔さんに寄せられた弔辞です。この弔辞の主は永さん自身です。240万部の大ベストセラーとなった『大往生』の最後に、「私自身のための弔辞」ということで記されています。今から22年前のことです。
 永六輔さんが7月7日83歳で亡くなりました。作家・作詞家という域に留まらない多才なまさにタレントでした。永さん自身を知らない若い人でも、「上を向いて歩こう」の歌はご存じでしょう。今から55年も前のヒット曲で、作詞は永さんです。爆発的なヒット曲は数あれど、50年以上も、事あるごとに人々に歌い継がれている歌は稀でしょう。
 浅草の浄土真宗の寺の次男として生まれた永さんは、父親の生き方を頑なに信奉していたところがありました。それは「手紙の返事も書けない忙しさは、人間として恥ずかしい」ということです。ですから、どんなに忙しくても永さんは直筆の返信を下さいました。25年前に郡内の曹洞宗寺院で永さんを山元町にお呼びして講演会を開きました。以来永さんと何度も書簡のやり取りをするご縁がありました。「御手紙が毎日百通を超えています。御返事の乱筆をお許し下さい」というゴム印が押してあり、その横に直筆の署名があるのです。
 返信を含めて借りを返すことが、永さんの人生観です。「生きているということは 誰かに借りをつくること 生きてゆくということは その借りをかえしてゆくこと」と永さんは歌っています。遠い日のはがきに、いつか徳本寺に行きますと書いて下さいました。お世辞と思い、ほとんど忘れかけていたのですが、永さんは忘れてはいませんでした。東日本大震災犠牲者合同一周忌法要の折、徳本寺の本堂で、遺族の方々に切々と語りかけました。それはご自分のこれまでの借りを返すかのような、東京大空襲で背負った深い悲しみのことでした。大震災の理不尽さと重ね合わせた心情だったのでしょう。
 そして、徳本寺の末寺である徳泉寺が津波で流されたこと、それを復興するのに「はがき一文字写経」を全国のみなさまにお願いすることを知るや、真っ先に賛同して「はがき一文字写経」第一号を届けて下さいました。更に色紙には「大津波 全部持ってけ 馬鹿野郎」と力強い文字が躍っています。「大津波の馬鹿野郎、何もかも持って行っても、復興する志までは流されないぞ、いまに見ておれ」そんな怒りを感じます。
 大津波を見返してやるための「はがき一文字写経」の目標数まで、あと少しです。あの世にもこの世にもいない永さん、復興の暁には、徳泉寺にお出で下さい。その時檀信徒一同まだ返していない借りを返します。永さんの一文字写経はがきに対する返信は、復興により堂々と変身した徳泉寺をお見せすることです。その時まで、うつむかないで上を向いて歩き続けます。
 それでは又、8月1日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1118話】
「駅伝の襷」
2019(平成31)年1月11日~20日

news image

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1118話です。 第95回箱根駅伝は1月2日午前8時にスタート。わずか30秒後300mも走らないうちに、大東文化大学の新井選手が、不運な接触で転倒。第2区中継所は、まだ20キロ以上も先というのにです。箱根駅伝は、2日間に亘り、10区間合計217.1キロのコースで争われる壮大なレースです。始まったばかりで棄権すれば、一度も襷がつなが... [続きを読む]

【第1117話】
「普段の油断」
2019(平成31)年1月1日~10日

news image

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1117話です。 あけましておめでとうございます。今年も良い年でありますように、お念じ申し上げます。 とは言え、良いことばかりが続かないことは世の常。昨年暮れの12月22日、インドネシア中部ジャワ島とスマトラ島の間のスンダ海峡で、地震もないのに大規模な津波が起きました。何の予兆もなく津波に襲わ... [続きを読む]

【第1116話】
「平成最後の除夜」
2018(平成30)年12月21日~31日

news image

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1116話です。 この時期になって「平成最後の何々」という言い方が目に付くようになりました。これから平成最後の大晦日を迎え、平成最後のお正月を迎えるわけです。 では、昭和最後の年の暮れに、このテレホン法話では何を語っていたのか振り返ってみましょう。それは昭和63年12月21日に発表した「宇宙カ... [続きを読む]