テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1012話】「ルーティン」 2016(平成28)年2月1日-10日

住職が語る法話を聴くことができます

1012.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1012話です。
 昨年一躍脚光を浴びたラグビーの五郎丸選手。キックをする前に、人差し指を合わせて拝むようにするポーズをとります。そのように型にはまった一連の動作をルーティンといいます。大リーグのイチロー選手もやっています。バッタ―ボックスで構えるまでに、ユニフォームの袖をつまむなど、17種類もの動作を取り入れて、狂いなく実行しているそうです。
 さて、大相撲初場所では、琴奨菊が優勝しました。日本出身力士としては、実に10年ぶりの優勝ということで、異様なまでの騒ぎようです。今から44年前の昭和47年にハワイ出身の高見山が、外国出身力士として初優勝したときと、反対の現象が起きた感があります。日本出身という注目をよそに、琴奨菊には、優勝に至るべく十分な準備がありました。それはやはり、ルーティンです。
 琴奨菊の稽古のルーティンは、稽古場の端から端を1時間以上もかけてすり足をする。しこを踏むとき、お尻を膝より低くなるまで、じっくり落とす。本番の取り組みの時は、ご存じのように、最後の塩を左手で取って振り向き、巨体を思い切り反らして、豪快に塩を投げ上げます。この動作を確立させてから、大関に昇進し現在に至っているそうです。
 単に験を担ぐという動作ではなく、自分で納得のいく稽古をやり尽くして、その最後の締めくくりのように自然態で現れる動作がルーティンと言えるのかもしれません。ルーティンの効果は、この動作をすれば大丈夫なんだという自信と落ち着きを得られることでしょうか。それもこれも、しっかりした準備の上にたっているという裏付けがあってのことです。
 曹洞宗では「威儀即仏法(いいぎそくぶっぽう) 作法是宗旨(さほうこれしゅうし)」という教えがあります。威儀とは、規律にかなった正しい立ち居振る舞いのことです。自らの一挙手一投足が、仏法であると自覚して修行すること。小難しい作法もありますが、仏の教えを具現化するためのものであるから、決して疎かにしてはならないということです。
 たとえば合掌です。両手を合わせ、指もきちんとくっつけます。親指と人差し指の間も離しません。両肘を張るようにして、合わせた手を鼻の高さまで上げて、鼻の頭からこぶしひとつ半くらい離します。すべての仏事はこの合掌の動作から始まると言ってもいいでしょう。美しい合掌ができる人は、お経の読み方、坐禅の姿勢などにおいて、光るところがあるものです。修行力が備わっているということが分かります。合掌は修行者にとって究極のルーティンかもしれません。みなさまも毎朝のルーティンとして、仏壇に手を合わせましょう。心が静まり穏やかな一日を始められます。
 ここでお知らせ致します。テレホン法話の千話を記念して、テレホン法話集『千話一話―3.11その先へ』(定価千円)が発売されました。千人の人が描かれた錦絵のような表紙が評判です。書店もしくは徳本寺でお求めください。徳本寺にはこちらからお申込み ください。
 それでは又、2月11日よりお耳にかかりましょう。

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