テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第897話】「被災地の匂い」 2012(平成24)年11月21日-30日

住職が語る法話を聴くことができます

897.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第897話です。
 カンボジアを初めて訪れたのは、ちょうど20年前の1992年でした。内戦を終わらせ、平和の途に就いたばかりのその国は、全く混沌としていました。日本で見聞きしていたより、ずっと想像を絶するものでした。そのことを伝えようとするとき、どうしても伝えにくいのが、その土地の匂いでした。こればかりは、その土地に立って感じるしかありません。
 さて東日本大震災から1年8カ月が過ぎ、被災地の様子は確かに変わってきました。そして、ボランティアということではなく、先ずは被災地を訪れて、震災の爪痕を確認し、復興に向かっている現状を知ろうという方々が増えてきました。その後、本格的な復興に対して、自分たちは何ができるかを見極めたいということなのでしょう。
 先日東京の私立初等学校協会社会科研究部教員の方々25名が、被災地訪問ということで徳本寺を訪ねて下さいました。小学校で社会科を担当する先生方です。「東日本大震災とその後の復興」は、避けることのできない授業と捉えています。それには、報道に頼るだけではなく、自分たちの足を使い、目と耳と肌と心を通して学ばなければならない。それが社会科の原点でもあるという心意気です。ある先生は「現場に来なければ、匂いがわからない」と、私がカンボジアで感じたことと同じ思いを述べていました。
 最初、震災犠牲者のご遺骨に手を合わせていただきました。その数の多さに誰もが驚いていました。それから、駅舎はおろか線路ごと流された坂元駅跡に立つと、ニュースではほとんど伝えられていない光景に、声も出ないという感想をもらす人がいました。海のすぐそばにある中浜小学校では、建物は残っているものの、教室の中は無残な状態のままです。二階天井まで水が来た跡があり、ここの屋根裏部屋で児童・先生・避難者合わせて90人もの人が助かった事実を知ると、息をのむばかりでした。教師として自分がこの学校にいたらと思った人がほとんどでしょう。
 遠く離れたところで事実だけを知っても、中々実感できないものです。現場に立って、そこの空気・匂いを全身で感じることで、現実を我がこととして受けとめることができます。時間が経つほど被災者の声は届きにくくなります。そんな時、第三者が声を大にして被災地の窮状を訴えて下されば、かなり説得力があります。 
 ただ私は申し上げました。被災地や被害状況を比べないで下さい、と。被災の状況は違っても、被災者はどなたも100%辛い思いをしています。報道されようが、されまいが、普通とは思えない生活が日々営まれています。活字や数字からは感じ取ることができない現実があります。そして、被災地の空気がどのように匂うかを感じる被災地訪問を、お寺から始めたのは正解でした。なにせお寺には、仁王さんがいますから・・・。
 それでは又、12月1日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1288話】
「手拭いと日本刀」
2023(令和5)年10月1日~10日

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1288話です。 その昔、知り合いのお宅に泊めていただいた時のこと。風呂上がりに濡れた手拭いの水を切るつもりで、バサッバサッと振っていたら、当主に叱られました。その音は刀で首を切るときの音に似ているので、家ではしないよう代々教えられてきたというのです。なるほどと反省しました。 その後、無著成恭さんの講演を聴く機会がありました。無... [続きを読む]

【第1287話】
「無縁墓」
2023(令和5)年9月21日~30日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1287話です。 平成19年頃にヒットした「千の風になって」は、「私のお墓の前で泣かないで下さい そこに私はいません 死んでなんかいません ・・」と歌っています。まるでお墓には何もないかのようです。しかし歌の作者新井満さんは言います。「お墓は亡き人の『現住所』で、そこからどこへでも出かけるでしょ... [続きを読む]

【第1286話】
「夜霧の渡し」
2023(令和5)年9月11日~20日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1286話です。 「矢切の渡し」は昭和歌謡の代表曲です。「つれて逃げてよ・・」と始まる恋の逃避行の歌で、柴又から対岸の矢切に向かう渡し船が舞台です。矢切の渡しは江戸川で唯一現存するものですが、各地にも現役の渡し船は残っています。考えてみれば、人生も渡し船に乗っているようなものです。 人生の川の... [続きを読む]