テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1102話】「迷いなきヒーロー」 2018(平成30)年8月1日-10日

1102.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1102話です。
 ある禅僧が研修会の参加者に問いかけました。「自分の母親と妻が水に溺れているとする。さて、君たちならどちらを助けるか」。誰もが困ってしまいました。禅僧は言いました。「いつまでぐずぐずしている。ふたりとも溺れてしまうぞ」「簡単に答は出せません。和尚さんならどちらを助けるのですか」「わしなら、手当たり次第に助ける」。果たして禅僧の境地を何人が理解できたでしょう。
 さて、西日本を中心に大雨特別警報が出たのは7月6日のこと。広範囲にわたって大きな被害が出ました。7月末現在、住宅被害は4万3千棟に及び、死者は15府県で224人です。2万3千人を超える人に避難指示が出ています。
 岡山県倉敷市真備(まび)町も、甚大な浸水被害がありました。その真備町出身で現在は岡山県総社市に住む内藤翔一さんは、7月7日昼前に、同じ町出身の後輩から、母親が真備町の家に取り残されているので、助けてほしいと電話連絡を受けました。内藤さんは自分の故郷の被害を知り何かできないかと思っていた矢先でした。趣味で水上バイクの免許を持っている内藤さんは、友人から水上バイクを借りて、すぐ現場に向かいました。
 昼過ぎに着いた真備町では、泥水が民家の2階まで上がっていました。木やタイヤなど様々なものが流れ、油の匂いが鼻をつく中、最初に後輩の母親を救出しました。水上バイクは早速威力を発揮しました。ベランダや屋根の上に避難している人々から、次々に助けを求める声がかかりました。取り残されている人々の多くは高齢者。自力でバイクに乗ることができず、抱きかかえる必要がありました。途中から地元の人にも手伝ってもらい、助け出した人々を、高台のお寺に運びました。
 水上バイクは傷だらけになり、燃料を何度も補充して、翌日の午前4時までの15時間にわたり、120人も救助したのです。「じいちゃん、命がけで助けたんじゃけ、長生きしてよ」とバイクに乗りながら、お年寄りを励ましたと言います。内藤さんは内藤さんで、最後は全身がつって動けなくなったそうです。それほど必死の行いだったのです。
 冒頭の禅僧の問いかけは、凡人は母親と妻を天秤にかけて助ける順番を考えてしまうが、それは迷いというもの。迷うより先ず手を差し伸べよということでしょうか。『信心銘』というお経に「迷えば寂乱を生じ、悟れば好悪なし」とあります。あれだこれだという分別心は迷いですから、何かと振り回されます。分別がなく悟った人は、好き嫌いの感情もなく、適正な判断を下し清々しさが残ります。内藤さんの手当たり次第の行動には、何の迷いもありません。というより、命がけで動くとき迷っている暇などないのです。「内藤さんは、町のヒーロー。命の恩人じゃ」という称賛の言葉にも、何の迷いもありません。
 それでは又、8月11日よりお耳にかかりましょう。

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