テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1206話】「父の呟き」 2021(令和3)年6月21日~30日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1206話です。

 6月20日の父の日を前にした6月14日に、作曲家で俳優の小林亜星さんが5月30日に88歳で亡くなったと報じられました。万人に愛されたCMソングなどを手がけた実績は高く評価されています。更にはテレビドラマ「寺内貫太郎一家」での、頑固一徹な父親役で強烈な印象を残しました。

 あれから50年近く経って、もはや「頑固おやじ」は何処にありやです。それでなくても「父の日」は影が薄くなっています。子ども時分はともかく、大人になるにつけ父親との会話をはじめとした接触は少なくなるような気がします。貫太郎さんのように、怒鳴ったり張り倒したりという濃厚な接触は、ほとんどなかったと自分の子ども時代を振り返って思います。

 私の父は徳本寺の住職でしたので、私にとっては父であり師匠でした。しかし、不肖の弟子でしたから、師匠に対して十分な接し方ができなかったかもしれません。今年10月にはその師匠の23回忌を迎えます。そして亡くなった年の夏のことが忘れられません。

 お盆をまじかに控えた8月9日のこと。かねて予約してあり父が入院する日でした。私が車を本堂前に止めて、父を後部座席に案内しようとしました。父はすぐに車には乗らずに、本堂の屋根を見上げて、大きくため息をつきました。それから徐に車に乗り込んだのです。わたしはゆっくり車を走らせました。お墓が見えなくなるあたりで、父はポツンと言いました。「お寺が一年中で一番忙しくなる時期に、入院できるなんて、幸せなことだ」。それは語り掛けるでもない、独り言のような言葉でした。

 その時は、「入院するのは、心配ではあっても、幸せなことなどないだろう」と思っていました。住職が留守の中で、お盆の行事をどうやりくりするかという不安もあって、真意を理解しかねていました。それから2カ月後、父は再び本堂を仰ぐことなく、79歳で生涯を終えました。

 今なら弟子として息子として「入院できるなんて、幸せなことだ」という師匠である父の思いは理解できます。面と向かって「ありがとう」とか「ご苦労さん」と口にするような父ではありませんでした。頑固ではなかったでしょうが、丁寧に説明することもあまりありませんでした。そんな父は「お盆の忙しさに一緒に立ち向かうことはできないが、後はお前に任せた。お寺のことをすっかり任せられる弟子がいるのは、師匠としてこの上ない幸せなことだ」という思いを込めて、車中で呟いたのかもしれません。

 考えてみれば、それは師匠である父からいただいた最初で最後の誉め言葉だったような気がします。「寺内貫太郎一家」ならぬ、「寺の内を一家言(いっかげん)を以って貫け」との励ましとも受け止めましょう。6月30日は父が健在ならば、100歳の誕生日に当たります。

 それでは又、7月1日よりお耳にかかりましょう。

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