テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1020話】「四門と指紋」 2016(平成28)年4月21日-30日

住職が語る法話を聴くことができます

1020.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1020話です。
 釈迦族の王子であるシッダールタは、ある日東の門からカピラ城の外へ出ました。そこで杖を突いている老人に出会います。次に南の門を出ると道端に横たわっている病人に出会いました。また西の門を出ると死者を送る葬列が過ぎていきました。いずれもお城の中では、お目にかかることがなかった光景でした。人は老いて病気にもなり、死んでいかなければならないことを知ります。最後に北の門を出て修行者に出会います。その清々しい姿に魅せられ、きっと真実の道を求めているからであろうと、ご自分も出家の志を抱きます。
 この王子がお釈迦さまです。4つの門を出て、人間の生老病死に出会い、その苦悩からの解脱を求めて出家する契機となった「四門出遊(しもんしゅつゆう)」という伝説です。世間的には極めて日常的な人生の一断面でも、お城の中にいて、何不自由なく暮らしていては感じることができないことでした。しかし、人間の苦悩を目の当たりにして抱いたお釈迦さまの志が、仏教の原点とも言えます。
 さて、徳本寺は山門はあるものの扉はなく、塀に囲まれているわけでもありません。人の出入りは全く自由です。むしろ、いつでもどなたでもお参りいただけるようにと、門戸を広く開け放っているつもりです。さすがに夜間は建物に鍵をかけて戸締りをしています。ところが夜中に盗難事件が発生しました。犯人は巧妙に窓ガラスを破り、部屋に侵入して、金銭を盗んで行ったのです。よもやこんな田舎寺に泥棒が入るとは思ってもいませんでした。ちょっと前までは、建物に鍵などかけず、平気で外出することもあったくらいです。油断といえば油断ですが、寺に来る人に悪い人はいないと常に信じていました。しかし、被害にあって現実を納得せざるを得なくなりました。
 早朝から警察が来て、被害状況の確認やら、犯行の手口など、様々な角度から捜査が行われました。当方は被害者なのに、指紋を採取されました。両手を真っ黒に塗られ、手のひらから指一本一本に至るまで入念に調べられました。被害を受けたショックの上に、屈辱的とも思える取調べです。ともかく現実は受け入れなければなりません。
 お城の中だけでは分からない世界があります。お寺も世間の荒波にもまれることを想定しなければなりません。お釈迦さまは四門出遊をなさり、出家を志しました。私はこの度の事件で、指紋採取をされて防犯の志を立てました。勿論人を見たら泥棒と思えというのではなく、たとえ泥棒が山門を入ってきたとしても、こんなさわやかなお寺に土足で踏み込んでは申し訳ないと思わせるような、清々しい雰囲気を常に保ち続けるということです。泥棒に盗んでほしいのは、清々しさの境地である「本来無一物」という心なのですが・・・。
 ここでお知らせ致します。テレホン法話の千話を記念して、テレホン法話集『千話一話―3.11その先へ』(定価千円)が発売されました。千人の人が描かれた錦絵のような表紙が評判です。書店もしくは徳本寺でお求めください。徳本寺には徳本寺にはこちらからお申込み ください。
 それでは又、5月1日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1131話】
「青空と上棟式」
2019(令和元)年5月21日~31日

news image

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1131話です。 その日は恨めしいほどの青空が広がっていました。東日本大震災から1週間経った3月18日、私はやっと兼務住職地である徳泉寺に辿り着きました。ここ山元町は未曾有の被害となり、海から300メートルの徳泉寺も、本堂等すべてが津波で流されていました。瓦礫ひとつ残っていない、白い砂浜状態でした。普段はこんな青空なのに、どう... [続きを読む]

【第1130話】
「不便な人間」
2019(令和元)年5月11日~20日

news image

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1130話です。 「休めない 人が支える 10連休」と新聞の川柳欄にありました。日本のカレンダ―史上初めてかもしれない日本全国10連休といっても、それを丸々享受できた人は、どれだけいたのでしょう。休日を休日足らしめるためには、休む人以上に働く人がいなければ成り立ちません。 10連休どころで... [続きを読む]

【第1129話】
「令和に因み」
2019(令和元)年5月1日~10日

news image

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1129話です。 月を望むと書いて「望月」、満月のことです。そして陰暦の15日を望日(ぼうじつ)といいます。因みに1日は朔日で、ひと月が終わって暦の最初に戻った日を意味します。お寺では毎月朔望(さくもう)つまり1日と15日の朝には、祝祷諷経(しゅくとうふぎん)という特別なお勤めがあります。新... [続きを読む]