テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1032話】「メダルを語る」 2016(平成28)年8月21日-31日

住職が語る法話を聴くことができます

1032.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1032話です。
 「銅という漢字を分解すれば、金と同じという字になります」とは、リオデジャネイロオリンピックの卓球女子団体で銅メダルに輝いた福原愛選手の言葉です。接戦を苦しみぬいて勝ち取った涙のメダルは、何色であっても金以上の重みがあることでしょう。
 オリンピックのメダルは、選手は勿論のこと応援する我々にとっても、独特の存在感があります。たとえ4位入賞を果たしても、入賞の喜びよりも、メダルに一歩届かなかったという無念さの方が勝ることもあります。銅や銀のメダルを勝ち取っても、もっと違う色のメダルであったらとの思いが募るのも、勝負に生きる者の性(さが)です。金メダルを獲得すれば、誰もが無条件で称賛し、すべてが報われるというものです。一度も負けないというのは、気が遠くなるような話です。
 それなのに、レスリング女子フリースタイル58キロ級で、伊調馨(いちょうかおり)選手はオリンピック4連覇を達成しました。全競技を通じ個人種目の4連覇は、女子では史上初めての事です。男子でも4人しかいません。オリンピックでの連覇は、4年に一回の開催ということを考えるまでもなく、並大抵のことではありません。それを4連覇とは恐れ入りました。
 伊調選手は2004年のアテネオリンピックで初めて金メダルに輝いたときは、20歳でした。以来北京・ロンドンを経て、この度のリオデジャネイロと12年間金メダルを守り続けてきました。絶対的な女王と言っても過言ではないでしょう。しかし、そんな彼女も今年1月に行われたロシアでの国際大会で思わぬ敗北を喫しています。モンゴルの若手選手にテクニカルフォール負けをしたのです。それは13年ぶりの黒星で、連勝も189で止まってしまいました。オリンピックが始まるという年の初めに、暗雲が漂いました。「あんな自分は初めてだし、あんな自分もいるんだとビックリもしている」と彼女は語っていました。
 不死身のように見えても、実は弱みがあるということを納得し、負けたことをしっかり受け入れられなければ、次へは進めません。伊調選手は「強くなるために必要な負けだったんだ」と気持ちを立て直し、オリンピックに向けて弛まぬ調整を続けて、見事に4連覇を果たしたのです。
 「この負けが、必要だったと言える野球人生を送りたい」これは、今年の全国高校野球選手権西東京大会準々決勝で敗れ、甲子園に出ることが叶わなかった早稲田実業高校の清宮幸太郎選手の敗戦の弁です。清宮選手は高校生離れをした注目の強打者です。オリンピックと高校野球では舞台が違いすぎますが、まだ高校2年生の言葉だとすれば、末恐ろしさを感じます。いずれ誰をも納得させる野球人生を送ることでしょう。私たちは自慢できる「負け試合」を持っているでしょうか。負けたことを他人のせいだと責任をなすりつけて、狐と狸の如くの「化かし合い」をしているようでは、メダル語る資格はありません。
 それでは又、9月1日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1218話】
「二面石」
2021(令和3)年10月21日~31日

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1218話です。 先般、奈良県明日香村にある天台宗の橘寺をお参りする機会がありました。付近に聖徳太子が生まれた場所があります。橘寺も聖徳太子が建てた寺院のひとつです。当然の如く本尊には、聖徳太子像を祀ってあります。建立年代は不明ですが、「日本書紀」に寺の存在が記されているので、1500年以上の歴史があるようです。 そこに「二面石... [続きを読む]

【第1217話】
「品位(ひんい)と品位(ほんい)
2021(令和3)年10月11日~20日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1217話です。 「皇室経済法6条」には、皇族が身分を離れる際には、品位保持のため一時金を支給する旨が定めれています。渦中の眞子さまが小室さんと結婚するにあたり、その一時金を辞退しました。1憶3725万円という額です。「小室家の金銭トラブル」ゆえのことなのでしょう。二人の結婚の意思は固いものの、... [続きを読む]

【第1216話】
「念仏」
2021(令和3)年10月1日~10日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1216話です。 「念仏申すより田を作れ」という諺があります。極楽往生を願って念仏を唱えるより、田んぼに出て米を作れということで、直接利益になることに精を出せということでしょう。我が町には各地区ごとに念仏講がありましたが、今や風前の灯となってしまいました。米の収穫が増えたからではなく、念仏講員が... [続きを読む]