テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第880話】「風化」 2012(平成24)年6月1日-10日

住職が語る法話を聴くことができます

20120601.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第880話です。
 明るいニュースです。5月21日、月が太陽に重なり、リングのように見える金環日食が観測されました。国内での観測は25年ぶりでした。翌22日は世界一のタワー、東京スカイツリーが開業しました。高さは634メートルです。25日には、放鳥した国の特別天然記念物トキのひなが、一羽巣立ったと発表されました。自然界で巣立ったのは、国内では38年ぶりだそうです。
 こんなことを素直に喜べるようになった今日の日を有り難く感じます。一年前なら、とてもそうは思えなかったでしょう。千年に一度と言われる大震災の前では、同じ自然の営みとは言え、25年ぶりの金環日食も、38年ぶりのトキの巣立ちも、影が薄くなります。世界一高いタワーと言われても、10メートルとも20メートルとも言われる世界一高いかもしれない津波を見てしまえば、高さは恐怖にも思えます。何より、次から次へと報道されるニュースの波に流されて、まだまだ復興途上にある被災地のことが、忘れ去られるような気がしてなりません。
 そんな中で、山元町の横山さんの所有していたハーレーダビッドソン社製のオートバイが、津波で流されたものの、カナダのグレアム島に漂着して、住民に発見されたというニュースも届きました。海岸沿いにあった横山さんの自宅で、トラックの荷台を改造したコンテナに保管していたものでした。それが、自宅とともに津波で流されました。コンテナは流されても、沈むことなく、太平洋を横断したという奇跡のような話です。アメリカにあるハーレーダビッドソン社では、是非修理して所有者に返したいと言っていましたが、横山さんは最初からそれは願っていませんでした。自分以外にも多くの方が被災して、失ったものもたくさんある中で、自分の持ち物だけが返って来ることにためらいがあったようです。
 横山さんは「震災が風化することのないように、そのまま展示して多くの人に見てほしい」と言って、ハーレーダビッドソン社のミュージアムに寄贈しました。実は、横山さんは徳本寺の檀家さんです。住まいしていた中浜という地区は、ほとんどの家屋が流され、跡形も無くなってしまいました。町内でも最も多くの犠牲者が出ました。横山さんも、お父さんとお兄さんと弟さんの3人を喪っています。愛車が海を渡って発見されたと言っても、手放しで喜べるような状況ではありません。
 一年間も震災のニュースを見続けていると、もっと違うニュースはないのかと、思う人がいるでしょう。それは風化の始まりです。今後どんな珍しいニュースがあろうと、それはそれ。震災の現実は、たった一年で消えるようなものでもなく、復興できるような生易しいものでもありません。横山さんの震災を風化させないでという思いを、その愛車は普段なら風を切って走るところ、風化という風を避けて、波に乗って大陸まで伝えてくれたのかもしれません。
 それでは又、6月11日よりお耳にかかりましょう。

最近の法話

【第1341話】
「復興というコマーシャル」
2025(令和7)年3月21日~31日

お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1341話です。 今年1月フジテレビは不祥事により、番組のスポンサーに続々撤退されました。そのようなテレビで企業や商品を売り込むのは、イメージダウンになるという判断からです。空いた枠はACジャパン公共広告機構のコマーシャルで穴埋めをしました。 ACジャパンといえば、東日本大震災の時を思い出します。あの時も、普通のコマーシャルがな... [続きを読む]

【第1340話】
「彼岸の人」
2025(令和7)年3月11日~20日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1340話です。 八木澤克昌さんは、誕生日を2日後に控えた1月7日、66歳で急逝しました。私も顧問を務める公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA)で、タイ・ラオス・カンボジア・ミャンマーの事務所長を歴任した方です。アジアにおけるNGOの先達として、困難な人々のために生涯を捧げたのです。... [続きを読む]

【第1339話】
「旦過寮」
2025(令和7)年3月1日~10日

住職が語る法話を聴くことができます お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1339話です。 正月元旦の「旦」という字は「あした」とも読み、日の出の頃をいいます。禅宗の道場には旦(あした)に過ぎると書く「旦過寮(たんがりょう)」という寮があります。夕べに来て早朝に去る、つまり行脚僧が寺に一夜泊まるところです。転じて、修行僧が正式に入堂する前に何日か滞在するところも指しま... [続きを読む]