テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1093話】「鉄人の心」 2018(平成30)年5月1日-10日

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1093.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1093話です。
 野球のデッドボールは和製英語だそうですが、日本語訳は死球です。なるほど打者のバットに当たらず体に当たったのでは、意味のない死んだボールに等しいかもしれません。また、当てられた方は死に至ることはないにしても、何がしかの危険が伴い、怖いボールというイメージが死球にはあります。
 4月23日71歳で亡くなった元プロ野球広島東洋カープの衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)さんは、その死球が通算161個で、歴代3位の記録です。それほど死球を受けながらも、2215試合連続出場というプロ野球記録を樹立しています。けがも多く、「重傷」と診断されたものだけでも6度。それでも16年以上に亘って毎試合出場し続けたのです。
 1979年8月1日巨人戦で、西本投手から死球を受け、左の肩甲骨を骨折しました。しかし翌日の試合も休むことなく代打で登場しました。その時、衣笠選手は3球ともフルスイングしたものの、三振に倒れました。そして「1球目はファンのため、2球目は自分のため、3球目は西本君のためにフルスイングしました」と言いました。
 デッドボールは与えた投手の方も傷つくことがあります。例えば重傷を負わせて、打者生命を脅かすようなことがあったら、お互い悔いが残ることです。西本君のせいでバットが振れないなどということはないから安心してくれ、そんな思いでバットを振ったのでしょう。それは西本投手を生かし、自分を奮い立たせるスイングだったはずです。「鉄人」と言われた衣笠選手の強靭な肉体に隠された人一倍他を思いやる優しさでしょうか。否、優しさ以上の慈悲の心と言ってもいいかもしれません。
 衣笠選手の慈悲心から、お釈迦さまの次のような故事を思い起こしました。お釈迦さまは、80歳のお歳ながら、説法の旅を続けておられました。ある時チュンダという鍛冶屋に招かれ、茸料理の供養を受けます。その家を出た後、お釈迦さまは激しい腹痛に襲われます。「背中が痛む、座を敷いて欲しい」と願われ、木の下でお休みになりました。お釈迦さまは死を覚悟しながらも、チュンダの食事が災いしたと訝(いぶか)しむ弟子たちに告げました。「私の生涯の食事の中で、お悟りを開く前にいただいたスジャータの乳粥と、最後の食事となったチュンダのものは特別である。だから決してチュンダを責めることなく、むしろ大いなる功徳があると伝えてくれ」
 お釈迦さま亡き後を生きるチュンダには、悔恨の思いを持たせてはならないという計り知れない心遣いです。死に至るほどのチュンダの供養を生きた食事とみなされたのです。衣笠選手もデッドボールを生きたボールにしようとしてフルスイングしたのでしょう。ほんとうの鉄人とは、自分が一番辛いときにも、相手に辛い思いをかけたくないという心遣いができる人を言うのでしょう。心こそ鉄のように強靭であったればこそ、前人未到の連続試合出場記録を果たした衣笠さん、今はゆっくりお休みください。
 それでは又、5月11日よりお耳にかかりましょう。

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