テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1211話】「空蝉」 2021(令和3)年8月11日~20日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1211話です。

 コロナのせいで聞きなれない横文字ばかりか、日本語でも珍しい言葉が日常化しています。人の流れを指す「人流」などは、辞書にも載っていないのにです。「無観客」という言葉も、気の毒な響きしかありません。そのほぼ無観客の東京オリンピックも終わりました。しかし、徳本寺境内は喧しいまでの声援で溢れています。蝉の声です。

 地面の至る所に蝉の幼虫が出てきた穴が確認できます。鐘撞き堂には、一時22匹分の蝉の抜け殻がそこかしこにへばりついていました。体操競技でいえば、D難度級のアクロバティックな姿で、屋根の垂木の先に止まっているものなども見られました。一本の南天の枝に5匹分の抜け殻がまとまっていたりと、実に多彩な蝉の競演です。

 蝉の抜け殻を「空(から)の蝉」とかいて「空蝉(うつせみ)」と言います。なるほどと思わせる字ですが、空蝉にはもうひとつ意味があります。「この世の人」とか「人間が生きているこの世」という意味でです。元々はこの世に存在する人間は、空しく儚い存在ということで、現にいる人と書いて「現し人(うつしおみ)」から転じた言葉です。

 蝉の一生は、幼虫で土の中にいる期間が、数年から5年で、その後地上に這い出して、殻から羽化して成虫になります。抜け殻を残して、やっと蝉となって一人前に鳴くことができたと思っても、せいぜい1週間から3週間の寿命です。無常を象徴するような存在です。

 人間は蝉と比べたら何千倍もの命を生きることができます。ただその中身において、蝉と比較したときはどうでしょう。蝉は確かにごく限られた期間の命とはいえ、一心不乱に鳴き尽くして生涯を終える潔さは、賞賛に値します。一方人間は、今日さぼっても明日やればいい、来年までには何とかしようなどと、先延ばしをすることが多々あります。命に限りがあることに目をつぶっているからです。

 さてお盆お季節です。私たちのご先祖さまは、コロナ禍をものともせず、人流というか霊流というか大きな流れに乗って、故郷に帰って来ます。そしてこんなことを言うかもしれません。「あの世に行ってみると、この世の儚さが身に染みてわかるよ。生きているときはそのうちやろうと思っていた。結局できないでいるうちに、制限時間が来てしまった。人生に延長戦も敗者復活戦もないのだからね」

 「空蝉にひとしき人生吹けば飛ぶ」(阿部みどり女)。境内の蝉の声援は、「蝉の抜け殻は吹けば飛ぶかもしれないが、人間が蝉以下になってはいけない。それには私たち蝉と同じように命には限りがあることを自覚して、常に力を尽くすことです」と言っているかのようです。「人間の底力をば蝉に見せ」(文明)

 ここでお知らせいたします。7月のカンボジアエコー募金は、728回×3円で2,184円でした。ありがとうございました。それでは又、8月21日よりお耳にかかりましょう。



ぶら下がっている抜け殻と蝉

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