テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【第1160話】「かすり傷なんだから」 2020(令和2)年3月11日~20日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1160話です。

 東日本大震災より9年が経ちました。1日1日はあっという間に過ぎてしまうのに、1年1年はとても長く感じられました。1日だけで振りかえると、1ミリも復興に進んでいないのに、もう日が暮れたというもどかしさがありました。1年毎に被災地を見渡せば、あと何年経ったら普通の生活に戻れるのだろうという不安が募りました。

 9年を迎えて思わず出た言葉は「苦節9年」です。達磨さんの「面壁9年」を捩(もじ)ったものです。達磨さんは今から1600年程前のインドの方で、お釈迦さまの教えを受け継ぎ、28代目の祖師となられました。その教えを伝えようと、中国に渡ります。しかし、当時の中国では、達磨さんの教えが受け入れられる状況ではありませんでした。諦めて山に籠り、壁に向かって坐禅すること9年に及びました。

 面壁という言葉は、坐禅をすることを意味します。更に「面壁9年」となると、一念を貫き通すという思いも込められます。確かに達磨さんは坐禅を通して真の仏法を広められ、中国での禅宗の初祖となります。その坐禅をしている達磨さんの下に、ある雪の日、神光(じんこう)という坊さんがやってきて、弟子入りを志願します。しかし、なかなか弟子入りを許されません。そこで神光は、左腕を肘から斬り落として、達磨さんの前に差し出し、決意のほどを示します。とうとう達磨さんは入門を許可しました。後に名前を「慧可(えか)」と改めて、達磨さんの教えを受け継ぎ、中国の禅宗の2代目となります。

 肘を断ってまで教えを乞うという気迫は、この師匠にしてこの弟子ありというところです。命懸けで仏道を求めた姿です。腕が折れようとなかろうと、命がある限り、真の仏法を求めなければならないんだとの気概だったのでしょう。

 さて、被災地の9年は、達磨さんや神光とはまた違った意味で、動じない心をもって復興に力を尽くさなねければなりませんでした。住み慣れた所が災害危険区域になり、新天地を求めなければならないなど、想定外の苦難が待っていました。しかし、命があれば何とかできる、何とかしなければとの思いで、誰もが経験したことのないような、復興への道のりを歩んできました。

 震災で亡くなられた方は、復興に加担することはできません。死んだ人を思えば「死ぬこと以外はかすり傷」なんだから、命があれば、たとえ1日1ミリでも復興へ向かう可能性があると信じてきました。あの時、よもやこんなところでこんな風に死ぬとは思わなかったと無念の思いを抱きながら、ほんとうに死んでしまった方々に報いるには、復興する以外の選択肢はなかったのです。苦節9年で負ったかすり傷は、復興の勲章になったとしたら、私たちも被災地復興の初祖と言ってもいいでしょうか。

 ここでお知らせいたします。2月のカンボジアエコー募金は、169回×3円で507円でした。ありがとうございました。

 それでは又、3月21日よりお耳にかかりましょう。

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