テレホン法話 一覧

【第1150話】 「自然のまま」 2019(令和元)年12月1日~10日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1150話です。

 1日24時間年中無休で営業しているコンビニが、日本列島に5万店舗以上あります。寺院数よりは少ないものの、郵便局の倍以上です。確かに便利です。しかし、これは自然なことなのでしょうか。人は陽が昇れば目を覚まし、星の瞬きと共に眠りに就くのが、生物的に理想的な生き方といえます。

 しかし、文明の進歩は、自然に生きること以外に価値観を生み出すようになりました。いつでもどこでも何でも手に入る便利さという欲望に溺れてしまいました。それが不自然であると、もはや誰も思いません。

 今年2月にコンビニ最大手のセブン-イレブンの東大阪市の店主が、本部の反対を振り切って、24時間から短縮営業して社会問題になりました。人手不足とそれに伴う人件費の高騰が背景にあってのことです。そしてここにきて、コンビニ2番手のファミリーマートは、営業時間について、希望すれば24時間からの短縮を認める方針を固めました。「脱24時間営業」が広がり、コンビニの転換点になるのではと、注目されています。来年の元旦には休業するコンビニも現れるようです。これは自然な流れではないでしょうか。

 さて12月8日は、お釈迦さまがお悟りを開かれた成道会(じょうどうえ)です。お釈迦さまは、苦しみ悩み多き世にあって、安らかな生き方を思案する中で、29歳の時に出家をして、山に籠ります。そこで他の修行者と共に、極端な難行苦行を試みました。何日も飲まず食わず眠らずに過ごすとか、徹底的に身体を痛めつける方法です。6年間も続けましたが、やせ衰えるだけで、心の悩みは深まるばかりでした。

 このような修行が役に立たないことに気づき、山を下り尼蓮禅河(にれんぜんが)で身体を清められました。その時たまたま村の娘に乳粥を施され、気を取り直して、菩提樹の根元で坐禅を組まれました。すると村人の歌声が聞こえてきました。「糸が強けりゃ強くて切れる。糸が弱けりゃ弱くて鳴らぬ。緩急よろしく調子をあわせ、ほどよく歌え、ほどよく踊れ」まさに弦の張り方と同じように、修行も苦楽の両極端に陥るのは邪道だと納得します。

 それから7日間坐り続けて、12月8日の明けの明星をご覧になり、突然に心が晴れ渡ったような思いを抱きました。そして「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」つまり草木も国土も自然そのもの、偽りのない仏の姿であるとおっしゃいました。

 命あるものは自然のままに生きることが、何よりも大切であるということに目覚めなさいとの教えでもあります。自然のままとは、常に変化し続けるということです。時間・季節・命みんな移りゆくものです。自然なる朝には何が見えるのでしょう。自然なる夜には、何が見えないのでしょう。少しコンビニの存在を忘れて思い起こしてみましょう。

 それでは又、12月11日よりお耳にかかりましょう。

【第1149話】 「ワンチーム」 2019(令和元)年11月21日~30日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1149話です。

 今年の流行語大賞の候補に「にわかファン」や「ワンチーム」が選ばれています。いずれもラグビーのワールドカップ効果でしょう。ラグビーは国籍にこだわらないスポーツということで、代表選手の条件も緩いそうです。この度の日本チームは、日本人が16人で外国人が15人という編成でした。

 実力主義ということで言えば、国籍は関係ない方がいいでしょうが、文化や言葉の壁を超えてチームワークを培うには、それなりの努力が必要でしょう。そこで「ワンチーム」というスローガンを掲げて、目標に向かってひとつに結束しようとしたのでしょう。結果、快進撃を続け、8強入りを果たし、史上初の決勝トーナメントに進出したのです。

 たまたま、ワールドカップが終わって間もなく、奈良のお寺をお参りする機会があり、「ワンチーム」を実感しました。仏教は日本で生まれたものではなく、お釈迦さまはインドの方です。インドから中国に広まり、朝鮮半島を経て、日本に伝わりました。今から1500年も前のことです。当然のことながら、多くの日本人以外の尽力もあり、奈良盆地を中心に仏教が定着していくことになります。

 その代表的な方は鑑真和上でしょう。鑑真は中国の唐の時代の僧侶で、戒律にかけては右に並ぶものがない力量の方でした。日本から招かれたものの、当時の航海の難行から5度の失敗を重ねて、盲目の身となられました。それでも決意は固く、6度目の航海で遂に、日本の土を踏む事が出来ました。

 754年に東大寺の大仏殿の前に、戒律を授けるための戒壇を築き、時の聖武天皇をはじめ400人を超える僧侶や一般の人に対して、日本初の正式授戒を行ったのです。正式な仏教徒というのは、信仰心だけではなく、お釈迦さまから受け継がれてきた戒律を、然るべき和尚さんから授けていただく授戒に就き、仏弟子としての証明をいただいた人を言います。

 鑑真和上より200年も前に、日本に仏教は伝わっていましたが、お釈迦さまの正当な教えを伝えたのは、鑑真和上と言ってもいいかもしれません。そして律宗の総本山唐招提寺を天平3年に創建されました。その金堂正面の柱は、古代ギリシャ建築様式を思わせるエンタシスで、柱の真ん中が少し膨らんでいます。人も建築様式も日本にないものの粋を集めて、日本に仏教を定着させる一助を担ったまさに「ワンチーム」です。

 何事も明確なゴールを目指すという決意があれば、様々な壁を乗り越え、多様性を尊重し合う「ワンチーム」になれて、望外の結果をもたらす事が出来ます。というより、元々空や海に国境の線が引いていないように、壁などないのだという意識は、これからの時代は特に大切です。こんな言葉に出会いました。「魚たちにとってみれば、どこであれ『ひとつの海だ』」。この言葉に頷いた方は、鑑真和上の大を乗り越えてきた「戒()律」も少しは納得できるでしょうか。

 それでは又、12月1日よりお耳にかかりましょう。

【第1148話】 「空しく施す」 2019(令和元)年11月11日~20日

住職が語る法話を聴くことができます

  

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1148話です。

 オウンゴールとは、サッカーで誤って、自分のチームのゴールにボールを入れて、相手の点数になることで、昔は自殺点とも言いました。

 この度の萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言は、まさにオウンゴールです。来年度からの大学入試共通テストでの英語民間試験の活用導入を見送ることになったからです。それは民間に丸投げして、英語の「読む・聞く・話す・書く」の4技能を評価しようとするものでした。そのため、入試の公正・公平さが保たれないと、疑問視されていました。加えて、受験生の経済的な状況や、居住地域によって格差を生み出す要素があって、教育現場からは、見直しの声が挙がっていました。

 しかし文科省は、制度ありきで強引に推し進めようとしてきました。そこに「自分の身の丈に合わせて、頑張ってもらえば」という大臣発言です。この制度に身の丈があっていない人は、最初から諦めろというのでしょうか。裕福で都市部に住む受験生に有利なことを大臣自ら認め、教育格差をこれから広げていくぞと宣言したようなものです。教育の機会均等を常に念頭に置かなけれならない文科省にとっては、自殺に等しい発言です。まさにオウンゴールです。ただこれだけでは、まだ受験生に点数が入ったことにはなりません。今後は政治家や官僚の都合優先ではなく、ほんとうに受験生の身になった制度改革が進められるよう願うばかりです。

 一方、東京五輪のマラソンでも問題勃発です。そもそも見せかけだけの「復興五輪」という謳い文句で、真夏に東京で開催するというのは、最初から自殺行為と言ってもいいでしょう。国際オリンピック委員会は、巨額の放映権料を払うアメリカのテレビ局に配慮し、欧米のスポーツシーズンと重ならない開催時期にしたいのです。東京は何としてもオリンピックを誘致したいがために、様々な無理を承知で「おもてなし」を約束しました。確かに暑さ対策など、その準備を着々進めてきたことでしょう。

 しかし、今年9月にカタールのドーハであった陸上の世界選手権で、暑さ対策のためマラソンと競歩を夜中に行いましたが、棄権者が続出しました。そこで東京五輪のマラソンと競歩の開催地を札幌に変更されました。「選手の健康が常にもっとも重要」との声明を出されても、開催地は勿論、選手や関係者は戸惑うばかりです。開催まで9カ月しかないこの時期に、どれだけ国民を翻弄すればいいのでしょうか。最初から分かっていたことです。東京の真夏の暑さが半端でないことも、オリンピックが復興に直接結びつくことなどほとんどないことも。ゴリ押しとも言える五輪押しは、あまりにも勝手すぎます。

 英語民間試験も東京五輪もスタートから無理がありました。自然を甘く見てはいけません。身の丈に合った自然環境で人は動くべきです。禅語に曰く「発心正しからざれば、萬行空しく施す」。最初に何のためにやるかという心の向き気がしっかりしていないと、あらゆることが無駄になるのです。

 ここでお知らせいたします。10月のカンボジアエコー募金は、166回×3円で498円でした。ありがとうございました。それでは又、11月21日よりお耳にかかりましょう。

【第1147話】 「ソプラノの声」 2019(令和元)年11月1日~10日

住職が語る法話を聴くことができます

  

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1147話です。

 たとえば、誤ってグラスを落として割ったとします。驚いて大きな声を出すことでしょう。しかし、大きな声でグラスを割ることができるとしたら、もっと驚きです。ソプラノ歌手でその声をもって、グラスを割った人がいるそうです。想像を超えた神技のレベルでしょうか。

 さて、先日行われた第13回徳本寺テレホン法話ライブのゲストは、ソプラノ歌手の千石史子さんでした。まだグラスを割ったことはないそうですが、その伸びやかで澄んだ歌声に、割れんばかりの拍手喝采が寄せられました。季節に合わせた「紅葉」や「赤とんぼ」などの童謡を含めて、8曲熱唱して下さいました。

 童謡は誰でも口ずさめます。しかし、ソプラノ歌手はそんな生易しいものではありません。どんなシンプルな曲であっても、全身全霊をかけて、歌唱するという印象でした。本堂という空間の隅々まで声が行き渡り、全聴衆を包み込むような圧倒的な迫力がありました。失礼ながら華奢な体のどこから、そのような声が出るのだろうと思わずにはいられませんでした。

 本堂でのリハーサルの折、本尊さまにお参りをさせてくださいと、丁寧に手を合わせられました。そして「すみません、お線香はご遠慮させてください。煙が喉によくないものですから」と、申し訳なさそうに言うのです。それはそうだろうと納得致しました。声が命です。これからの時期は特に喉を守るために、万全の体調管理をするそうです。

 我々僧侶もお経を挙げるという点では、声が命です。しかしそのための節制はどうでしょうか。第一線香の煙はなくてはならないものです。喉にとっては過酷な環境の中でもお経を挙げていると自慢したいところですが・・・。僧侶に美声は求められていないからと甘えています。お経の文言も分かりにくく、それをいいことに、むにゃむにゃという読み方が、お経らしいと勘違いしている僧侶もいます。お経だって意味は分からなくとも、一音一音はっきりお唱えしなければなりません。その上でソプラノ歌手と同じように全身全霊を尽くすことが大切です。大いに反省しました。

 あるバイオリニストの言葉です。「1日練習しないと自分にその結果がわかり、2日しなければ批評家の耳が捉える、3日練習を休めば聴衆がこれを聞き分ける」。千石さんもそんな思いで日々の節制と鍛錬があって、すべての聴衆を魅了したのでしょう。私たちも毎朝本堂でお経を挙げてお勤めをします。毎日が修行だからです。「1日練習をしない」という気持ちさえ抱く余地はないのです。それならグラスを割るほどの大きな声でお経を挙げて、檀家さんを包み込む事が出来そうですが、まだその域にはあらず。ただ悩みごとのある檀家さんと、腹を割った対応はできるかもしれません。

 それでは又、11月11日よりお耳にかかりましょう。

【第1146話】 「水の怖さ」 2019(令和元)年10月21日~31日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1146話です。

 伊豆地方で住職をする私の先輩は、台風19号の天気予報を聴いて、寺の過去帳とおにぎり5個を須弥壇に供えたそうです。気象庁が「1200人以上犠牲者が出た狩野川台風に匹敵する」と報じたからです。狩野川台風は先輩が小学3年の昭和33年9月26~28日にかけて、伊豆半島をかすめて、東海・関東地方に甚大な被害をもたらしました。狩野川が氾濫し、その寺にも水が襲ってきました。子どもたちは最初に寺の高い棚に避難しました。最後に当時住職だった父と母が須弥壇に登って、辛うじて助かったというのです。その教訓を踏まえて、浸水してきたら須弥壇で一夜を過ごそうと覚悟を決めたのです。今回は幸いにして須弥壇に登らずに済みました。

 予報通り、狩野川台風に匹敵する台風19号が日本列島を襲いました。12都県で死者・行方不明者は80人を超えています。堤防決壊は59河川90カ所、がけ崩れや土砂災害は211カ所に及びます。千曲川・阿武隈川など名の知れた川や、そこに注ぐ支流の氾濫など、水の恐ろしさを見せつけました。同時に浄水場が水害に遭い、断水を余儀なくされたところもあります。水がいらないところで溢れ、欲しいところに一滴もないとは、やり切れません。

 そして、たいせつな方を亡くされたご遺族の悲嘆はいかばかりでしょう。いわき市の68歳の女性は母親と一緒の家にいました。雨が小康状態になったので、2階の寝室で眠りに就きました。間もなく1階の天井近くまで浸水してきました。寝ているはずの母親に水の中で声をかけましたが、返事はありませんでした。母親は100歳で、不自由のない日常生活を送っていました。「まだ寿命はあったのに」と女性は無念さを滲ませています。100年も元気でいながら、このような最期を迎えなければならなかったとは、運命もいたずらが過ぎます。

 一方、同じくいわき市で、浸水が50センチある自宅の玄関先で孤立していた女性が、ヘリコプターに収容される際に、40メートルの高さから落下して死亡しました。救助隊員が女性を支える安全ベルトのフックを付け忘れたため、ヘリコプター内の別の隊員に女性を引き渡すとき、誤って落下させてしまったのです。災害と事故による二重の被害は、あまりにも惨すぎます。

 東北大災害科学国際研究所は、この度の台風被害を調査した報告の中で次のように述べています。「この雨量で被害を出さないのは不可能。ある程度の被害は許容し、人命だけは守るよう通常の防災対策とは分けて考えるべきだ」。そして気象庁が狩野川台風の例を出して、注意を喚起したのは、具体的な災害状況をイメージさせる狙いもあったのでしょう。ほとんどの人は、まさか自分のところはそうならないと思ったかもしれません。否、少なくともそう願っていました。60年前に水の怖さを身に沁みて感じた先輩のように、いざという時におにぎりを握るくらいの心がまえは忘れたくありません。

 ここでお知らせいたします。10月27日(日)午後2時より、徳本寺において「第13回テレホン法話ライブ」を行います。ゲストはソプラノ歌手の千石史子さん。入場は無料です。

 それでは又、11月1日よりお耳にかかりましょう。

【第1145話】 「初対戦の挨拶」 2019(令和元)年10月11日~20日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1145話です。

 長嶋茂雄さんを「ミスタープロ野球」たらしめた原点は、金田正一さんかもしれません。大学時代華々しい活躍をして巨人に入団した長嶋選手は、1958年4月5日開幕戦で、当時国鉄スワローズの金田投手と初めて対戦します。4打席連続三振に抑えられます。実際は次の対戦の第一打席も三振だったので、5打席連続三振なのです。

 この時、金田投手は前年まで182勝の実績があるプロ野球の第一人者。「大学出たての若いもんに負けてたまるか」と闘志を燃やします。プロの洗礼を受けた長嶋選手は「プロで闘い抜いてやるぞ」と強く思ったと言います。以後7年間で、長嶋選手は金田投手との対戦で、3割1分3厘の打率をマークし、18本塁打を放って、金田投手から最も本塁打を打った打者になっています。

 その金田さんが、10月6日に86歳で亡くなりました。20年間のプロ野球人生での記録は突出しています。通算400勝で2位とは50勝の差。奪三振は4490で2位を1100以上離しています。投球回数は5526回3分の2で、2位を390回以上も上回っています。さすがに負け数も多く、その数は298で最多ですが、2位との差は13に留まります。私が知る限りでも、国鉄スワローズは弱小チームとの印象があります。もっと強いチームにいたら500勝はしたとご本人は豪語しています。

 国鉄で15年間プレーしたのち、強いチーム巨人に移籍します。そこでの5年間は47勝でした。晩年の力の衰えは明らかです。しかし、金田さんが入った年から、巨人の9連覇の大偉業が始まったのです。金田さんがチームに刺激を与えたのでしょう。プレー以外にも、練習の仕方や、徹底した自己管理を通し、野球に向き合う選手の意識改革に結びついたようです。金田さんは、天才的な力はあったのでしょうが、その力を維持するためには、人並み以上の努力が必要であることを身をもって示したのです。

 天才は天才を嗅ぎ分ける嗅覚があるのでしょう。金田さんと長嶋さんの初対戦は、禅宗の「挨拶」そのものです。本来挨拶とは、師匠が弟子の心の成長を質問することを言います。軽く触れることが「挨」、強く触れることが「拶」で、お互いが相手の言葉や振る舞いから、その人となりを確かめることを言います。金田さんは挨拶代わりに、長嶋さんを4打席連続三振に打ち取りました。長嶋さんは律儀にその挨拶に応えて、「ミスタープロ野球」と称されるまでになりました。2人の天才がプロ野球発展の一端を担い、その背番号は巨人の永久欠番になっています。

 ここでお知らせいたします。来る10月27日(日)午後2時より、徳本寺において「第13回テレホン法話ライブ」を行います。ゲストはソプラノ歌手の千石史子さん。入場は無料です。また、9月のカンボジアエコー募金は、177回×3円で531円でした。ありがとうございました。

 それでは又、10月21日よりお耳にかかりましょう。

【第1144話】 「骨身を惜しまず」 2019(令和元)年10月1日~10日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1144話です。

 お寺では墓地管理者として、納骨の際にはその人の「死体火葬済証」を預かります。お骨の身元証明書になるからです。お骨は外見上は、どなたのものかは特定はできません。そこで死亡者の住所・氏名等が書かれて、確かにこの方の火葬が済みましたという火葬場からの証明書が必要になるのです。

 しかし、戦死者の遺骨は、そう簡単にはいきません。先ごろ、第2次世界大戦後のシベリア抑留者の遺骨収容をめぐって、厚生労働省のずさんな対応が明らかになりました。1999年から2014年に9カ所の埋葬地から収容した遺骨のうち、597人分が日本人でない可能性があるのに、公表せずロシア側にも伝えていませんでした。現地の鑑定人は日本人の骨を見慣れておらず、取り違えの一因になったとの指摘もあります。

 死亡した日本人のシベリア抑留者は約5万5千人で、これまでに日本に帰ってきた遺骨は約2万1900人分です。半分以上の方がまだ戻っていません。その上取り違えがあったとは、泣きっ面に蜂ではないですか。想像を絶する過酷な抑留生活の果てに、非業の死を遂げた方が浮かばれません。遺族の方の無念さも察するに余りあります。厚生省はもっと親身になって、遺骨に向き合うべきです。

 一方、東日本大震災で身元不明犠牲者の遺骨が多数存在しました。宮城県警では遺体の似顔絵を作成して、情報提供を呼びかけていました。震災から8年が過ぎた今年4月に、ある一人の身元が判明しました。当時60歳の女川町に住む平塚さんという女性でした。平塚さんの遺体は震災1カ月後に石巻市泊浜の海上で見つかり、遺体のDNAを採取していました。親族も行方不明届を出していましたが、身元を特定できずにいました。似顔絵を見た親族が、平塚さんに似ていると気づきました。

 しかし、それを裏付けるDNAが、手元になければ証明できません。いろいろ事情を聴いているうち、平塚さんから届いた複数の手紙を持っている親族がいました。このうち、2009年5月18日女川郵便局消印のある切手の添付面の唾液から検出されたDNAが、遺体から取ったDNAと型が一致して、平塚さんと特定できました。平塚さんの遺骨は無事、親族の元に帰りました。

 10年前に貼った切手がこのような形で役に立つとは、事実は小説よりも奇なりです。それにしても、今どき切手を貼る手紙も少なくなり、自分で舐めて切手を貼る人はどれだけいるでしょうか。これからは自分の身元証明のつもりで、唾液で切手を貼って手紙を出しましょうか、と思いましたが、今月から郵便料金が値上げになりました。厚生省も郵便局も身を惜しまず、国民に思いやりを持ってください。

 ここでお知らせいたします。来る10月27日(日)午後2時より、徳本寺において「第13回テレホン法話ライブ」を行います。ゲストはソプラノ歌手の千石史子さん。入場は無料です。ご来場をお待ち申し上げます。

 それでは又、10月11日よりお耳にかかりましょう。

【第1143話】 「曼殊沙華」 2019(令和元)年9月21日~30日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1143話です。

 「死人花(しにびとばな)」「地獄花」「幽霊花」、何とも不吉な花の名前ですが、すべて彼岸花の異名です。根には毒性があるので、昔、土葬された遺体の脇に、モグラ除けで植えられたとも言われます。球根の毒を食べた後は、彼岸つまりあの世に行くしかないから、彼岸花だという説もあるほどです。

 いずれにしても、その名の通り秋彼岸に合わせるかのように、突然に葉っぱが出る前に独特の赤い花を咲かせるとは、仏教の伝道師のような花です。事実、彼岸花の曼殊沙華(まんじゅしゃげ)という名前の由来は、仏典に出てくるサンスクリット語の「天界に咲く花」を、音写したものです。

 さて、その曼殊沙華は、花は咲いても実はなりません。繁殖は地下茎で行いますので、昆虫に受粉を助けてもらう必要はありません。それなのに、惜しげもなく、花蜜を差し出し、昆虫の役に立っています。自分の身のことだけを考えるのではなく、のびのびと生きていて、他の動物をも養っている、とある生態学者は言います。

 それこそが彼岸の心です。彼岸とは彼の岸つまりあっち側の岸、悟りを得た理想の世界のことです。「菩提心を発(おこ)すというは、己(おの)れ未(いま)だ度(わた)らざる前(さき)に一切衆生を度さんと発願し営むなり」。自分より先に、他のすべての人に仏になって欲しいと願い、そのための行動をする人のいる世界です。それに対して、現実の私たちがいる世界は、こっちの岸で此岸(しがん)と言い、迷いや煩悩に満ちています。自分の都合が最優先で、他のことを顧みる余裕のない生活をしている状態を言います。

 一年365日ほぼ毎日、自分の利益だけを考えた「我利我利亡者」的な暮らしをしている私たちですが、せめて彼岸の1週間、彼岸に渡るための6つの教えの六波羅蜜(ろくはらみつ)のひとつである「布施」の実践を心がけてみたいものです。布施とは、お金や物を施すだけでなく、打算の心も捨てること。つまり、宮沢賢治のように「アラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニ」施すことです。曼殊沙華が自分の繁殖に関わるわけではないのに、花蜜を施しているようにです。

 古い川柳に「後の世の 種を彼岸に 蒔きにでる」というのがあります。後の世の種を蒔くとは、彼岸に渡るための行いをするということでもあるでしょう。それは曼殊沙華のように、自分の実はならずとも、見えない土の下で、次の命に恥じない精進をして、命を伝えることなのかもしれません。仏典の曼殊沙華は決して不吉な花ではなく、良いことの前兆を示して、見た者の悪業を払うと言われています。曼殊沙華を眺めながら、日ごろの自分勝手を戒める思いで、心にいつも彼岸花を咲かせられるような種蒔きをしましょう。

 それでは又、10月1日よりお耳にかかりましょう。

【第1142話】 「お斎」 2019(令和元)年9月11日~20日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1142話です。

 「お斎(とき)」とは、寺院やご法事で出す食事のことを言います。僧侶の食事は元々一日一食で、午前中にとることになっていて、時刻に関わるものであることから、食事を「とき」と呼ぶようになりました。「斎」という字は、精進潔斎の「斎」と書き、汚れを清め行為を慎むという意味があります。そのこともあり、お斎には、肉・魚などを用いない精進料理が提供されます。

 今時の法事で、自分の家でお膳を作ることは、ほとんどなくなりました。料理屋さん任せですが、精進料理が出てくることはまずありません。肉・魚を使わないというだけなら、ある程度できるのでしょうか、値段や見栄えを考慮すると、精進料理は幻の料理になりつつあります。

 この間、とある法事のお膳に着いた時のことです。勿論精進ではなく、結婚式に出しても違和感のないような華やかな料理でした。更に美味しいのですから、いよいよ精進料理は影が薄くなってしまいます。そんなことを思いながら、ある料理を口に運びました。何か細く堅いものを噛みました。その料理の内容からして、魚の骨ではないだろうと思いながら,口から取り出して驚きました。何と3センチくらいの黒い針金だったのです。ぐにゃぐにゃ曲がったもので、どうしてこんなものが、このしゃれた料理に入っているのか理解できませんでした。ともかく係の人に、そっと現物を渡し状況を説明しました。

 時間をおいて料理責任者がお詫びに来ました。理由を尋ねると、問題の料理にはナスを焼いたものが入っていたのですが、ナスを焼いた金網の一部が、壊れてそのまま料理に混入したと思われるということでした。よく考えたら恐ろしいことです。ある程度の長さがあったから異物と気づきましたが、逆にもっと小さな針金で、そのまま呑み込んだら、喉や胃袋を痛めていたかもしれません。

 曹洞宗を開かれた道元禅師は、台所を司る役を典座(てんぞ)と言って、たいへん重んじました。『典座教訓』という書物の中で、微に入り細に入り、料理の心がけを説いています。「先ず米(べい)を看(み)んとすれば便(すなわ)ち砂(しゃ)を看(み)、先ず砂を看んとすれば便ち米を看る」。お米を洗う際は砂が混じっていないか注意し、砂を捨てる際はお米が混じっていないか確かめ、細かいところまで疎かにしないようにということです。

 現代で「お斎」の心を忘れて精進料理でないことを百歩譲っても、人さまの口に入る食べ物を料理するときに、心を込めて細心の注意を払うことは、今も昔も変わらないはずです。金属が混入したお斎だから、「斎は金なり」などと、しゃれている場合ではありません。「斎には命にかかわることもある」ことを肝に銘ずべしです。

 ここでお知らせいたします。8月のカンボジア・エコー募金は、137回×3円で411円でした。ありがとうございました。

 それでは又、9月21日よりお耳にかかりましょう。

【第1141話】 「13匹の抜け殻」 2019(令和元)年9月1日~10日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1141話です。

 今年の8月15日新潟県の糸魚川市で、31.3度を記録しました。これは最高気温ではなく最低気温です。最低気温の最も高い記録を29年ぶりに塗り替えたのです。要するに一日中気温が30度を下回らなかったということです。因みにこの日の最高気温は、同じ新潟県の寺泊で、40.6度でした。まさに猛暑の夏そのものです。

 そんな暑さの中で元気だったのは、蝉たちです。徳本寺の境内で蝉の初鳴きを聞いたのは、7月13日でした。去年は7月1日でしたので、遅い方でしょう。鳴き声も、弱々しいものでした。ところが梅雨明けの7月30日あたりから、暑さに比例して蝉の大合唱が連日幕を開けました。

 朝6時に梵鐘を撞きますが、それより早く蝉は鳴いていました。早朝から気温が高かかったのでしょう。全国的に最高気温も最低気温も高い夏だった証かもしれません。そしてちょっと珍しい光景に出会いました。鐘撞き堂の柱や天井に13匹の蝉の抜け殻が確認できたのです。蝉の抜け殻が珍しいわけではありませんが、鐘撞き堂という限られたところに、13匹も集中したのはどうしてなのでしょう。中には1本の梁に4匹かたまってへばりついているものもありました。

 「抜け殻」という言葉は、人間的にはあまりいい言葉ではありません。抜け殻同然になったなどと言うように、魂が抜けたうつろな状態のたとえに使われます。しかし、昆虫や甲殻類などの脱皮した後に残った殻は、その成長過程を象徴するものであり、プラスイメージでしょう。

 普通の蝉は、樹皮や枝などに産卵され、その年の秋もしくは翌年の梅雨時に孵化して、幼虫となり地中に潜ります。木の根にとりつき樹液を吸い成長します。その期間は、数年から5年ともいわれます。その後地上に這い出して成虫になる準備です。この時は硬い殻に守らています。蟻などに襲われないように、日没後に羽化して成虫となります。蝉となって飛び立った後に抜け殻が残るわけです。

 蝉の一生は地上に出てから一週間と言われていましたが、最近の研究では3週間から1カ月ほどだそうです。いずれにしても短い生涯の使命は、種の保存にあります。子孫を残さんがために、オスはメスを求めて鳴き尽くします。天敵に襲われることもも多く、使命を果たすのは至難なことでしょう。果たして、鐘撞き堂から飛び立った13匹の蝉たちの生涯はどうだったのでしょうか。「俺たちも命を懸けてひと夏を生き切っている。人間様も抜け殻同然などになっていないで、限られた無常なる命をしっかり生きよ」と、13匹の抜け殻は言っているかのようです。その蝉の無常の想いを代弁するつもりで、今朝も鐘を撞きました。もし鐘の音を聴いて、一皮剥けて、一念発起するような人が現れたら幸いです。

 それでは又、9月11日よりお耳にかかりましょう。