テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【1317話】「18歳と81歳」 2024(令和6)年7月21日~31日

住職が語る法話を聴くことができます


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1317話です。

 「年齢7掛け説」というのがあるそうです。健康な現代人の年齢は、3割若く数えても大丈夫だということです。60歳なら42歳、70歳なら49歳、80歳なら56歳という風にです。50代・60代の頃はさもありなんと思っていましたが、さすがに70歳を超えると、8掛け・9掛けが現実に即している気がします。

 さて、ある方から「18歳と81歳の違い」という戯言を教わりました。18と81は、数字の上では1と8を入れ替えただけですが、その中身は雲泥の差があります。18歳は子ども卒業、大人成りたて、ともかく前途洋々です。81歳は人間卒業、仏目前、ともかく前途不安です。「恋に溺れる18歳 風呂に溺れる81歳」「道路を爆走する18歳 高速を逆走する81歳」「心がもろい18歳 骨がもろい81歳」「ドキドキが止まらない18歳 動機が止まらない81歳」「恋で胸詰まらせる18歳 餅で喉詰まらせる81歳」「偏差値が気になる18歳 血圧・血糖値が気になる81歳」「まだ何も知らない18歳 もう何も覚えていない81歳」「自分探しをしている18歳 みんなが自分を探してる81歳」

 若さを羨み、老いを嘆き、言い得て妙です。年齢を何割引かにして、まだ若いと思えることもあるかもしれませんが、年齢は正直です。たとえば無意識のうちに、立ち上がるとき「どっこしょ」と掛け声をかけていませんか。でもご安心ください。「どっこいしょ」は霊験あらたかな言葉です。「六根清浄」という仏教語から来ています。山に登るとき、金剛杖をついて「六根清浄」と唱えます。それを唱えやすく「ろっこんしょ」と短縮しているうちに、「どっこいしょ」と変化したものです。

 六根とは「眼・耳・鼻・舌・身(からだ)・意(こころ)」つまり「見る・聴く・嗅ぐ・味わう・触れる・考える」という人間の6つの感覚器官のことです。これらの器官を清らかにして山に登りなさいという掛け声が「六根清浄」です。何とならば、山には神や仏が宿るとされ、信仰の対象だったからです。

 歳相応に「どっこいしょ」と掛け声をかけなければ、何事も始まらないと嘆くことはありません。身も心も清らかにして、ありのままの自分で、今できることを行うためのおまじないが「どっこいしょ」と思えばいいのです。こんな歌があります。〈今できる ことをするしか ないでしょう 今日が一番 若いんだから〉(横浜市桜田幸子)。

 誰にとってもこれからの人生で、一番若い今日を生きているのです。これまでの経験で磨かれた六根を支えに、今日の若さを楽しみましょう。今回の法話のための戯言をひとつ。「スマホ見て一日暮れる18歳 どっこいしょと一日始める81歳」前途が洋々としてきませんか。そういえばアメリカのバイデン大統領も81歳でしたね。英語で「どっこいしょ」はどう言うのでしょうか。

 それでは又、8月1日よりお耳にかかりましょう。          

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