テレホン法話
~3分間心のティータイム~

第750話「石文(いしぶみ)」 (2008.10.21-10.31)

 「わたし、死んだら死体の役で使ってほしいの。そこまで俳優やりたいのね」とは、女優の桃井かおりさんの弁です。その桃井かおりさんは出演していませんでしたが、映画「おくりびと」には、たくさんの死体役の俳優が出演していました。それもそのはず、納棺師のお話だからです。
 納棺師とは、ご遺体を収めるときに、体を清めたり、死化粧(しにげしょう)を施したりして、新たな旅立ちのお手伝いをする人のことです。納棺師はまるで手品師のように、流れるような手の動きで、実にご遺体をいとおしむようにして、美しく清らかな姿に生まれ変わらせていきます。そこでは、ご遺体は勿論のこと、納棺師も無言のままで所作が行われます。静謐(せいひつ)且つ、厳かな時間が流れ、ご遺族の中には、悲しい中にも感動すら覚える人もいます。
 そして、この映画のもう一つのキーワードは、文字通り「石文(いしぶみ)」です。人々がまだ言葉を持っていなかったころ、お互いに石を交換し合って、その気持を伝えたという「石の文(ふみ)」のことです。丸く小さな石をもらえば、相手の優しさを思うかもしれません。大きくゴツゴツした石なら、激しい心を感じるでしょうか。
 映画の主人公の納棺師は、幼い頃自分と母を置いて家を出て行った父親を、どうしても許すことができませんでした。しかし、一度だけ河原で父と交わした「石文」が手元に残っていました。ある時、行方不明同然だった父が死んだとの報せが入ります。父の死に顔と対面しても、あまりにみすぼらしい姿に、父と判別ができません。でも、納棺師の本能で、遺体を清めていくうちに、昔の父の顔になっていきます。しかも、合わされた父の手には、固いものが握られていました。それは・・・・。
 言葉のない時代の石文には、何も書かれていません。しかし固い石は、いつまでもその形が変わりません。その時交わしたお互いの心も、その通りでありたいという願いでもあるのでしょう。
 もの言わぬ死体、あるいは死体役の俳優は、ひと言の言葉も発することはありません。しかし、そこから伝わるメッセージは、何千何万語にも匹敵することを、この映画は伝えています。「石文」もその通りです。
 生きていて、無駄口をたたくことの多い私たちですが、大事な方との意思の疎通はできているのでしょうか。モジモジとして「石文」ならぬ足踏み状態になっていませんか。
 ここでご報告致します。9月のカンボジア「エコー募金」は、154回×3回で462円でした。ありがとうございました。
それでは、又11/1よりお耳にかかりましょう。

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