テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【1321話】「0歩目の奇跡」 2024(令和6)年9月1日~10日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1321話です。

 1996年8月21日(水)甲子園の決勝戦は、松山商と熊本工。3対3の同点で10回裏熊本工の攻撃、1死満塁で3番本多選手。松山商は絶体絶命のピンチ。監督は守備交替で矢野選手をライトに起用。その直後、本多選手の打球は高々とライトへ、3塁ランナーは俊足の星子選手。実況中継も「行った、これは文句なし」と断言したほど、熊本工のサヨナラ勝ち、初優勝を確信しました。次の瞬間、信じられないことが起きました。背走しながらライトフライを捕球した矢野選手が、ノーバウンド返球、間一髪でランナーはタッチアウト。そして11回表その矢野選手の2塁打を皮切りに、3点を挙げ松山商は優勝を果たします。「奇跡のバックホーム」と今も語り継がれています。

 しかし、まぐれで奇跡が起きるわけもなく、それまでの必然的な過程があったのです。第一に矢野選手は強肩でした。しかし、外野に飛んだ打球を中継プレーで返球するのが苦手でした。監督に言われます。「ダイレクト返球が正解のケースが一つだけある。サヨナラ負けのピンチのときだ」。更に彼は普段から最後まで居残り練習をする努力家でもあったことを監督は見ていたのです。

 あれから28年今年の甲子園、日付も曜日までも同じ8月21日(水)。関東第一と神村学園との準決勝戦。関東第一1点リードの9回表神村学園の攻撃。2死1、2塁で代打の玉城選手がセンター前ヒット。2塁ランナーは迷わず3塁を回り本塁突入。そこへセンター飛田(ひだ)選手からノーバウンドの返球があり、タッチアウトで試合終了。これまた28年前を再現するかのような「奇跡のバックホーム」と言われました。

 しかし、この奇跡にも日ごろの鍛錬と周到な心構えがあったのです。ピッチャーの球威から判断して、どの方向に打球が飛ぶかを見極め、内野外野の守備位置を修正するという連携プレーです。それから飛田選手は1歩目を素早く切れるように、体の重心を前に傾けていました。また普段、数十球の本塁へのストライク送球の練習を重ねていたのです。だから捕球後の目の覚めるようなバックホームが叶ったわけです。関東第一の市川選手は言います。「野手陣が大事にしているのは1歩目より前の『0歩目』。打者のタイプや配給を踏まえて、バットがボールに当たる直前から1歩目を切っている」

 高校野球球児と吹奏楽部の女子高生が織りなす青春映画「青空エール」に次のようなセリフがあります。「奇跡は起こらない。まぐれでもない。でも練習はうらぎらない」。まぐれとは迷う意味の紛れると書きます。迷いが消えた時、良い結果のまぐれが訪れるのかもしれません。奇跡もまぐれも、「0歩目」の中にこそ潜んでいるのです。それを必然にできるのは、暑さにも辛さにも迷わず練習している君たちです。紛れもない現実を時に奇跡と呼ぶことがあります。

 それでは又、9月11日よりお耳にかかりましょう。

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