テレホン法話
~3分間心のティータイム~

【1320話】「必死すなわち」 2024(令和6)年8月21日~31日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1320話です。

 パリ・オリンピックの新競技「ブレイキン」は、1970年代アメリカニューヨークの貧困地区の路上が発祥。縄張り争いに疲れたギャングのボスが「音楽と踊りで勝負しよう」と呼びかけたのが始まりとか。オリンピックにふさわしいです。

 オリンピックは元を糺(ただ)せば、戦争の代わりに様々な争いの形を、ルールを定めてスポーツとして世界中の人で競い合おうという大運動会です。その象徴のひとつが、近代五種競技です。1人の選手が、フェンシング・水泳・馬術・射撃・ランニングをこなすものです。射撃とランニングはセットになっていてレーザーランと呼ばれ、600㍍走って射撃をし、また走るということを繰り返します。

 その起源は19世紀のナポレオンの時代、フランスの騎兵将校が、戦果の報告を命じられた故事によります。彼は馬で敵陣に乗り込み、敵を銃と剣で討ち倒し、川を泳ぎ、丘を走り抜けて任務を遂行したのです。まさに五種競技の原型がそこにあります。競技として考案したのは、クーベルタン男爵です。「キング・オブ・スポーツ」と称されますが、人間の能力の限界に挑む過酷な競技です。

 近代五種競技112年の歴史の中で、日本勢は入賞すらできませんでした。しかしこの度、青森市出身の佐藤大宗(たいしゅう)選手が銀メダル獲得の快挙。国内の競技人口は男女合わせても50人といいますから、かなり地味な競技です。というかそれ程の万能な人は稀だということです。超人のような佐藤選手も決勝当日は朝から吐き気が止まらなかったそうです。準決勝をB組1位で通過していたこともあり、重圧と緊張で押し潰されそうだったのでしょう。そんな時、父の言葉を思い起こします。「やるなら死ぬ気でやれ」。ハッと気づくのです。「まだ俺は死んでいない。死ぬ気で行く」と、吹っ切れて、結果に繋がったのです。

 泳ぎや走りは、ある程度経験はできます。しかし馬術・射撃・フェンシングは、かなり専門的な訓練や能力が求められます。 当然佐藤選手も馬術は北海道の牧場で指導を受け、フェンシングは五輪メダリストに教えを請うなどの対策は講じています。その人並み以上の身体能力に加えて、強靭な精神力を発揮できたのが勝因でしょう。

 「必死 すなわち生くるなり」藤沢周平の『武士の一分』にある言葉です。必死とは「必ず死ぬ」と書きます。しかし、必死で生きるとは言っても、必死で死ぬとは言いません。佐藤選手の「死ぬ気で行く」とは、まだ命を懸けるほどの力が自分にはあると、信じ切った言葉だったのでしょう。

 愚かな戦争で命を落とすなど絶対にあってはいけません。近代五種競技のように人間の能力の限界突破を目指して、死ぬ気で目的に向かうことにこそ、生きる意義があります。

 それでは又、9月1日よりお耳にかかりましょう。

        

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