テレホン法話 一覧
【第766話】 「侍ジャパン」 2009(平成21)年4月1日-10日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第766話です。
野球の世界一をかけた第2回ワールド・ベースボール・クラシックの決勝で、「侍ジャパン」の日本チームは、延長戦の末5対3で韓国を下し、2連覇を果たしました。その決勝で、感動的な決勝打を放ったイチロー選手でしたが、それまで不振を極めていました。決勝戦までは打率2割1分1厘という成績です。イチローは言います。「侍ジャパンというネーミングで始まったが、それがハードルになった。侍といいながら、勝てないのはまずい。最終的に勝って侍になれて、ほっとしている」と。「侍であらねばならぬ。さりとて、思うように侍たり得ず」の心境の辛さは如何ばかりだったのでしょう。
「侍」とは、並外れたことをする人、物に動じない人を象徴する言葉でもあり、相当な人物を指すときに使われます。これまでのイチローの実績をみれば、彼こそが侍の鑑であると自他ともに認めるところでしょう。ところが、そのイチローでさえ「侍」の呪縛にかかったかのようでした。
更にイチローの言葉を借りれば、「期待をかけられながら、思うような結果が出せず、痛覚では感じ得ない"痛み"まで経験した。そして最後に神が降りてきた」。痛覚では感じない痛みとは、心の痛みでしょうか。怪我などの痛みなら、やがて消えます。しかし、心の痛みだけは、自分で納得しない限りは消えることはありません。イチローの場合は、期待に応えられるような活躍をし、自分でも納得のいく打撃ができたとき初めて、その痛みが消えたのでしょう。自他共に納得のいった状態が、まさに神にも認めていただいたという意味で、「神が降りてきた」という表現になったような気がします。
さて、お寺に神はいませんが、一心不乱にお経を誦(よ)む、只管(ひたすら)に坐禅をする、わき目も振らず掃除に勤しむ、そんなとき、自分の中に仏がいることを感じます。そう、私たちはもともと仏なのです。そう思って日々の暮らしをすれば、すべてが仏の行いです。ただ「仏であらねばならぬ。さりとて、思うように仏たり得ず」の逃げ口上を発して、仏から遠く離れた生き方をしていることが多いかもしれません。
「侍ジャパン」が「侍」たり得たのは、並外れた才能と練習の賜でしょう。私たちも十分に仏になる才能はあります。イチローをはじめとする「侍たち」に感動したなら、彼らを見習って才能に甘えず、日々の精進を怠らない仏の生き方をしたいものです。そういえば「侍」とは「ニンベン」に「寺」と書きます。お寺で仏と語らいができる人は、何事にも動じないサムライの心持になれることでしょう。
それでは又、4月11日よりお耳にかかりましょう。
【第765話】 「染み抜き職人」 2009(平成21)年3月21日-31日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第765話です。
卒業入学シーズンですが、着なれない着物を着たために、染みを作ってしまったと、お嘆きの方もいらっしゃるかもしれません。ある染み抜き職人さんが言いました。「私たちの仕事は、仕事をしたかどうか分かってはだめなんです」。なるほど、前から染みがあったかどうかわからない第三者が、きれいになった着物を見ても、染み抜きされたかどうかは判断できません。染みが薄くなっていたり、少し残っていたりすれば、ああこの染み抜き職人は、こんな半端な仕事しかできないんだと思われます。半端な仕事でも、仕事をしたことは分かってもらえます。
完璧な仕事をすればするほど、その仕事の痕は残りません。仕事をしなかったのではないかと思われたら、本物の染み抜き職人といえるのかもしれません。元通りきれいになって当たり前。誰がやったと名前が残るわけでもありません。全く己を空(むな)しゅうしている姿です。
世の中には、大した仕事もしていないのに、「俺がやった」と自慢げにふるまう人は多いものです。たまに例外として、大それたことをしても、「それは秘書がやった」などと言って、決して自分を出さない奥ゆかしい人もいますが・・・。ともかく、俺が俺がと、「我」を出したがるものです。「俺がやった」「俺が正しい」「俺が一番」という風にです。
そして、この「我」が蔓延(はびこ)ると、私たちの心にも染みを作ることになります。どんなシミかといえば、「憎しみ」というシミです。生きている者同士、好きになる人もいれば、嫌いでしょうがないという人もいます。すべては自分可愛いさで、「俺が」という気持ちの成せる業です。憎しみを抱いていれば、心が晴れず、「苦しみ」も伴い、やがては、「悲しみ」を招くというような結果がないとも限りません。
―暑さ寒さも彼岸まで―の言葉通り、程よい季節感を、そのまま心の持ちようにして、「かたよらない」「こだわらない」日暮らしをしましょう。「あなたのおかげで仕事ができた」「あなたのおかげで間違わずに済んだ」と、己を空しゅうして相手のおかげを思えるようであるなら、立派な「心のシミ抜き職人」です。
「そうは言っても、長年の心のシミは、簡単には抜けませんよ」。そんな御仁には、素直に謝ります。「しみません」。但し、彼岸は秋にもありますので、その時までは何とかなるでしょう。楽しみにしております。
それでは又、4月1日よりお耳にかかりましょう。
【第764話】 「吾れ死なば」 2009(平成21)年3月11日-20日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第764話です。
―吾れ死なば 焼くな埋(う)むな野に晒(さら)せ 痩(や)せたる犬の腹肥やせ―「私が死んだら土葬も火葬も必要ない。野晒しにして、腹のすかした犬に喰わせてくれ」という意味の壮絶な歌です。この作者の名を聞いて更に驚きです。平安時代の歌人で伝説の美女と言われた「小野小町」なのです。並み並みならぬ覚悟です。また、この時代の一般の葬送の儀礼は、どのようなものだったのかと想像したくもなります。
さて、今や納棺師が世界に認められる時代になりました。映画「おくりびと」が、日本初となるアカデミー賞外国語映画賞を受賞して、国内は勿論、海外でも改めて、遺体を清めて棺に納める「納棺師」が、脚光を浴びています。それに伴って、様々な意見も出ています。
新聞の投書で、ある僧侶は「昔、死者は家族によって、棺に納められました。悲しみをこらえながら、それらの仕事をして、家族の死の重みを心に刻むものでもありました。お金を払って納棺師に任せることで、つらい仕事をしなくて済むのですが、同時に大事なものを失っているのではないか」と述べています。
また、ある女性はやはり新聞投書に、「父と母を亡くした時、きれいに体を洗ってくれて洗髪し旅立つ装束を着せる際に遺族も手伝いました。両親は病院では酸素マスクなどをされ、苦しそうな表情でしたが、納棺師の方々によって見慣れた顔に戻りました。私は納棺師の方々のおかげで、悲しみが癒されました」と書いています。
どちらも一理ある意見と言えます。自宅で最期を迎える人は少なく、ほとんどが病院で息を引き取る昨今です。遺族がその場に立ち会えないことも多いでしょう。そして遺体を棺に納める時も他人任せでは、家庭から死の影が薄れ、死そのものがどこかよその世界の出来事と錯覚しかねません。
ところで、「おくりびと」の英語の題名は「デパーチャーズ」で「旅立ち」を意味するものです。安心してその旅立ちを見送ることができた時、少しは悲しみが癒えるのではないでしょうか。それは苦しそうなお顔ではなく、安らぎに満ちたお姿を見送るときです。納棺師さんの所作は、遺族だけではとても成し得ない立派な旅立ちのお手伝いをして、あまりあるものとみました。
―吾れ死なば 子孫(こまご)ばかりか犬猫(いぬねこ)も 別れ惜しみて棺に寄り添え―
ここでご報告いたします。2月のカンボジア・エコー募金は、260回×3円で780円でした。ありがとうございました。それでは又、3月21日よりお耳にかかりましょう。
【第763話】 「もうろう」以前に もどろう 2009(平成21)年3月1日-10日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第763話です。
ローマでの主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)に出席した中川昭一財務・金融大臣は、会議後の「もうろう会見」の責任を取って辞任しました。「もうろう」の原因は、薬の飲み過ぎなのか、アルコールのせいなのかは、明らかになりませんでした。
しかし、その後に判明した事実では、その会見の15分後にバチカン博物館を観光したそうです。足取りはフラフラ、言葉もはっきりしない状態のままです。あろうことか、立ち入りが制限されている場所に入ったり、触ってはいけない展示品を素手で数回触ったために、警報が鳴ったというのです。不景気対策も忘れた財務大臣の、とんだ「ローマの休日」だったようです。
最近話題になる、「品位」も「品格」もあったものではありません。でもそれは、もしかしたら現代の日本人を象徴していることなのかもしれません。何がしかの「力」を誇示し、「おれは何でもできる」「実績を残せば何をやってもいいだろう」という驕りがあるからです。困ったときの神頼みはしても、力があるときに、神も仏も見えていません。自分がこの世で一番偉いとばかりに、神仏に対する畏れを忘れた姿です。所謂、宗教的拠りどころを軽視している人が増えていないでしょうか。
一方、1月に行われたアメリカの大統領の就任式で、バラク・オバマ氏は、ミシェル夫人の持つ聖書の上に左手を置き、右手をかざして「合衆国大統領の職務を忠実に遂行する」と宣誓しました。しかも2度もです。本番の就任宣誓の時、立ち会ったロバーツ最高裁長官が、「宣誓の言葉」の語順を間違えたため、大統領もそのまま復唱してしまいました。法律上は「有効」という見解だったようですが、「念のため」翌日、宣誓のやり直しをしています。そこには明らかに「神に対する畏れ」があります。
神の前では、大統領といえども完璧な人間ではありません。その意識があるからこそ、非力ながら完璧を目指して努力しますので、見守って下さいという心を込めて誓うのでしょう。至らず暴走するようなことがあったら、どうか「ブレーキ」をかけて下さいということでしょうか。それは取りも直さず、ブレーキをかけてくれるものによって、自分は守られているということになります。
あなたは今、何によって守られていると思いますか。自分の力だけを信じた人は、もうろうとしてしまいました。「もうろう」以前に「もどろう」として、今更、神仏に誓って、お酒は慎みますと言っても、そんないい加減な言葉は「誓う」とは言いません。それは「違う」と言われるのがオチです。
それでは又、3月11日よりお耳にかかりましょう。
【第762話】 「究極の平等」 2009(平成21)年2月21日-28日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第762話です。
「好況よし、不況さらによし」とは昭和恐慌の逆風に立ち向かった松下電器産業(現パナソニック)の創業者松下幸之助さんの言葉だそうです。しかし、そのパナソニックも世界的な不況や円高の影響で3500億円規模の赤字になると発表しました。かくのごとく、連日100億円1000億円という赤い数字が、世間を塗りつぶし、何千人何万人の人員削減という数字が人々を不安に陥れています。底なしの不景気感が漂っています。
無常の理(ことわり)を説くまでもなく、いつまでも同じ状態が続くとは限りません。都合の良いことが持続しないように、悪いことも断ち切ることができるはずです。そうであるなら、最悪は最善への出発点という見方もできます。
世の中は、二つの面があります。良いこと、悪いこと。表と裏。下があって上があります。右の反対は左です。そして、生と死があります。良いことばかりなら、良いというほんとうの価値が分からないかもしれません。不況に陥って初めて、景気の良かったころの有り難さを実感します。だから不況を黙って受け容れなさいとは言いません。克服すべく最善を尽くさなければならないことは、言を俟(ま)ちません。どれだけ有り難さを念じつつ最善を尽くすかです。
「有り難い」とは、文字通り「有ることが難しい」ということです。即ち、「当り前でない」とも言えます。夜も電気があって明るい。遠くへも車で簡単に移動できる。そんなことは当たり前のように暮らしてきましたが、決してそうではないのです。勝手に電気が点くわけもなく、魔法のように車が手に入ることもありません。
そして究極は、生きていること、今息をしていることにも、何の不思議も感じないで、当たり前のように過ごしているということです。「死とは究極の平等です」これは、遺体を棺に納めるある納棺師の言葉だけに説得力があります。老若男女の別なく、貧富に関わらず多くの遺体と接してきた納棺師は、どんな生き方をしようとも、死は避けられず、どなたにも平等に訪れることをいやが上にも納得したのでしょう。
平等なる死があるからこそ、今生きている有り難さをどなたも身に沁みて感じることができるはずです。そのとき、どんな境遇にあっても必死に生きようという思いに至ります。因みに「必死」とは、「必ず死ぬ」と書きます。
それでは又、3月1日よりお耳にかかりましょう。
【第761話】 「寝釈迦仏」 2009(平成21)年2月11日-20日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第761話です。
仏像はたいてい立っているか座っているお姿ですが、中には横たわっているものもあります。昨年秋に縁あって、徳本寺に安置された「寝釈迦仏(ねしゃかぶつ)」がそうです。お釈迦さまが右手を肘枕にして横たわっています。全長90cmほどの木造仏で、お顔を見ると微かにほほ笑んでいるようでもありますが、別にお昼寝で楽しい夢を見ているわけではありません。実は「お涅槃(ねはん)」つまりお亡くなりになったお釈迦さまのお姿を現わした「涅槃仏」なのです。
2月15日はお釈迦さまがお亡くなりになられた日ですので、徳本寺でも、そのときの様子を描かれた「涅槃図」の掛け軸を本堂に掲げて、お釈迦さまの遺徳を偲びます。涅槃仏のお釈迦さまが頭を北に、顔を西に向けています。その周りには大勢のお弟子さんたちが、お釈迦さまの死を嘆き悲しんでいます。更には、大きいものは白い象から、小さいものは蝸牛(かたつむり)まで、あらゆる動物も泣いているのです。しかし、ひとりお釈迦さまだけが、ほほ笑んでいます。このように、涅槃仏はどれも穏やかなほほ笑みを湛えています。
亡きお釈迦さまのほほ笑みは何を伝えているのでしょうか。「80年の生涯をかけて、あらゆる人々に教えを説き、安らぎの世界へ導いてきた。もはや想い残すことはない。私が死んでも、私の教えは残る。みんなはその教えを灯として、それぞれ精進してくれ」。そんな思いが込められているのでしょう。
インド人の言葉に「誕生のときには、おまえが泣き、全世界は喜びに沸く。死ぬときには、全世界が泣き、おまえは喜びにあふれる。かくのごとく、生きることだ」とあります。どんな人も笑いながら生まれてはきませんし、涙ながらに迎えられる誕生ではあまりに悲し過ぎます。更には、周りの人々から死んでよかったなどと喜ばれ、自分ひとり寂しく涙ながらに亡くなっていくようなことがあったとしたら、生まれてきた意味がありません。
安らかにこの身を横たえて、やるべきことはすべてやり終わった、何ら悔いを残すことはないと言って、ほほ笑みの中で手を合わせられるようと願いたいものです。人生に寝釈迦仏を気取って、肘枕で昼寝などをしている暇はありません。うたたね がい(害)があるといいます。風邪などひかぬよう、いつも目覚めて、「害」のない生き方をしましょう。
ここでご報告致します。1月のカンボジア・エコー募金は377回×3円で1,131円でした。ありがとうございました。
それでは又、2月21日よりお耳にかかりましょう。
寝釈迦仏
【第760話】 「ダメ出し」 2009(平成21)年2月1日-10日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第760話です。
その道の業界用語に「ダメ出し」というのがあります。文字通り「駄目を出す」ことで、演劇で演技などの悪い点について注意をすることです。悪い点を注意するのは当たり前のことで、何の問題もありません。ところが注意したくても、注意しづらい時があります。「そんなに言うならあなたがやってみなさいよ」と言われたら、それまでです。自分に演技はできないけれど、役者の悪い点は分かるというだけですから。ましてや、大御所とか看板女優などと目されている役者に対して、簡単にダメ出しはできるものではありません。
先日、民藝の看板女優である樫山文枝さんと仕事をする機会がありました。曹洞宗がお釈迦さまのお亡くなりになった時のことを、DVD映像で制作しました。そのナレーションを樫山文枝さんに依頼し、その録音現場に立ち会ったのです。少なからず、台本には仏教用語が出てきます。大女優といえども、普段耳慣れない言葉に、多少の戸惑いはあったかもしれません。
でも、さすがです。わずかのリハーサルで、映像に合わせた見事な語りで、録音は進んでいきました。明らかに読み間違えたりすれば、ご本人も演出家も納得の上で、ダメ出しができます。しかし、微妙なアクセントの違いや、表現の雰囲気を指摘するというのは、余程演出に自信がなければできません。ましてや相手は大女優です。何をなさっても、それなりの雰囲気があり、それで結構ですという気になっても不思議ではありません。
それでも何度かは、ダメ出しがあり、お互いのプロとしての心意気を見る思いでした。ともかく2時間ほどかけて、全編の収録が終わり、ほっとした時です。スタジオの樫山文枝さんから声がかかりました。「すみません、出だしの1ページをもう一度やり直しさせて下さい」。自らのダメ出しだったのです。確かに、録音の最初の頃は、ミスはなくても、どこか本調子ではなかったのかもしれません。だんだん読み込んでいくうちに、お釈迦さまの「おねはん(臨終)」」の場面に、気持ちが乗り移ったのでしょうか。その通りの見事な語りで、満足のいく作品になりました。
自らダメ出しをするには、相当の勇気と自信が求められます。お釈迦さまの遺言の一つに「自灯明(じとうみょう)」自らの行いを灯として日々精進しなさい、というのがあります。自らのダメ出しも、「自灯明」といえるのではないでしょうか。それは常に最善を尽くすということでもあります。樫山文枝さんをダシにしたわけではありませんが、今回の「ダメダシ」という「出汁(だし)」をよく味わって下さい。
それでは又、2月11日よりお耳にかかりましょう。
【第759話】 「玄関の言葉」 2009(平成21)年1月21日-31日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第759話です。
1月8日の河北新報(※)に「カンボジアに小学校建設」「17年の活動支えた亡き母にささぐ」という4段抜きの見出しが躍っていました。一昨年2月、私がボランティアの関連でカンボジアに行っている時に、母は危篤状態になり、間もなく亡くなりました。そいうこともあり、母の追善供養にカンボジアに小学校を建設しようと発願致しました。昨年11月ドップ・トノット村に小学校1棟5教室が完成。12月8日現地で贈呈式が行われました。そのことが新聞で紹介されというわけです。
その日は早朝から、「新聞見ました。お母さんもお喜びでしょう」などという電話を何人もの方からいただきました。また、私はちょうど年始廻りで、お正月のお札を檀家さんに配り歩いているときです。行く先々で「新聞を見ました」「立派な学校ですね」などと声をかけていただき、嬉しい限りでした。
そんな皆さんの温かい言葉に寒さも忘れて、Aさんのお宅に伺った時のことです。玄関に入ってびっくりしました。「静かなる枝に 佳き花の 香るらん」という文字が紙に書かれて張り出してありました。それは贈呈式の折に、小学校の校庭に木製の記念碑を作ったので何か書いて下さいと言われ、私が即興で書いた言葉です。その記念碑の写真も新聞に掲載されました。その言葉はドップ・トノット・シズエ小学校という学校名に因んだものです。「シズエ(静枝)」は亡き母の名前です。
Aさんはおっしゃいます。「新聞に載ったこの言葉が気に入って思わず書き写しました。間もなく和尚さんが年始廻りにいらっしゃるだろうからと私の気持ちを伝えたくて、こうして玄関に貼っておいたのです」。母の名前と戒名から字をいただいて、五七五と並べただけの言葉でしたのに恐縮致しました。ただ、「静枝」という名前に掛けて、カンボジアの子どもたちには、素直な心で、みなさんの人生というそれぞれの枝に佳い花を咲かせてもらいたいという願いは込めたつもりです。
曹洞宗の教えには「愛語」というのがあります。母親がわが子をいとおしんでかける言葉には何の邪念もありません。うれしいときはうれしいように、悲しいときは悲しいように、心から出る言葉が愛語です。「新聞を見ましたよ」と電話や直接お声をかけていただき、それも愛語に思えました。それが更に、伝えたい言葉を書き出して出迎えて下さるとは、何というおもてなしでしょう。もうその玄関には、暖かい春の佳き香りが漂っているかのようでした。「玄関に "迎え言葉"貼る 佳き人かな」
それでは又、2月1日よりお耳にかかりましょう。
※ 「行事」 のページをご参照下さい。
【第758話】 「天下の剣」 2009(平成21)年1月11日-20日
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第758話です。
「箱根の山は天下の険」と歌われているように、本当に険しい地形なのでしょう。どうしてそんな山を登る駅伝を思いついたのでしょうか。ともあれ、箱根駅伝は東京・大手町から神奈川・芦ノ湖往復10区間217.9㌔で2日間にわたって繰り広げられ、今や正月の風物詩にもなっています。
しかし、走る学生にとっては、風物詩などと呑気なことは言っていられません。取り分け、往路の5区は10区間のうち距離も一番長く23.4㌔で、標高差は864㍍という山登りの区間です。その山登りのコースで、特に様々なドラマを生んできました。今年もとんでもないドラマがありました。
東洋大学の1年生柏原竜二選手は、9位でたすきを受け取りました。そして、トップとの差は絶望的とも思える4分58秒もあります。しかし、絶望的と思っているのは周りの人たちだけで、本人は「どうせつぶれるなら、ガンガンいってつぶれよう」という気概だったようです。平坦を走るかのように山を登り、8人を抜き去り、区間新記録を立てトップでゴール。東洋大学に初の往路優勝をもたらしました。
東洋大学はこの1年生の奇跡的な活躍に刺激を受けたかのように、翌日の復路のレースにおいても、粘り強い戦いを続け、とうとう総合優勝を果たしました。陸上部員の不祥事もあり、監督も辞任し、出場さえ危ぶまれていた東洋大学の優勝を予想した人は、果たしていたでしょうか。1年生とは思えないほどの、まさに前向きな気持ちと走りっぷりが、チーム全体の士気を高めたのでしょう。
それもそのはずです。柏原選手は、「奇跡は信じるだけでは起きない。起こそうとすれば起きる」この言葉を座右の銘としているとか。なるほど、私たちは何か困ったときに、奇跡を信ずるというよりは、奇跡が起こらないかな等と、ただ漫然と過ごすことがあります。それは自分が何もしなければ、奇跡も幸運も訪れないということに気づいていないからです。
昨年は「誰でも良かった」などと嘯(うそぶ)いて、自分のやる気のなさを棚に上げ、悪いことの全てを他人のせいにして、ナイフを振り回す事件が相次ぎました。今年は人頼みの生き方ではなく、自らを奮い立たせられるようでありたいものです。そのためには、ナイフならぬ、柏原選手の走った「天下の〈剣〉」を持って、腑抜けた心を成敗しましょうか。
ここでご報告致します。12月のカンボジアエコー募金は310回×3円で930円でした。ありがとうございました。
それでは又、1月21日よりお耳にかかりましょう。
第757話 「牛ドン (首領)おかわり」(2009.1.1-1.10)
お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第757話です。
あけましておめでとうございます。今年はうし年ですが、「牛の耳」と書いて「牛耳る」という言葉があります。元々は「牛耳を執る」ということだそうです。その語源は中国の春秋戦国時代に、諸国の君主が同盟を結ぶ儀式のとき、盟主となる者が牛の耳を割いて血を採り、これを順番にすすって同盟を誓ったという故事から来ています。
お正月早々いささか野蛮な話で恐縮ですが、ここから「牛耳を執る」とは、同盟や団体の支配者となることを意味するようになりました。転じて、組織などを自分の意のままに動かすことを「牛耳る」というわけです。
さて、春秋時代から千年も経た今から約千五百年前、達磨大師がインドから中国に渡り、禅の教えを伝えました。その時、神光(しんこう)という修行僧が達磨大師に弟子入りを志願しました。神光はその求道心の篤きことを示すために、牛の耳ならぬ、自らの左の臂(ひじ)を断って、達磨大師に懇願されました。
そして神光は尋ねます。「私の心は不安定な有様です。どうしたら安らかな心になるのでしょうか」「その不安な心をここに出してみなさい」「いや、今ここに持ち出すことはできません」「不安な心を持ち出すことができないとわかったということが、安心を得たということだ」と、達磨大師は答えられたといいます。
自分中心の考え方が、妄想分別を生じさせます。好きだと思っていたのに嫌われた。得したいと思っていたのに損をした。すべて自分中心に事が運ばない時に、不安は募ります。そして、他人の迷惑を顧みず、自分の思いを勝手に通そうとすることを「我がまま」といいます。
中国の春秋時代、諸国の君主が同盟を結んだように、好きだ嫌いだ、損した得したという自分の我がままな心を束ねてコントロールしたい、いわば牛耳りたいものです。そのために臂を断てとは言いません。せめてうし年の今年は、もう少しのんびりと自分の心を反芻(はんすう)して見つめ直すことがいいのではないでしょうか。
自分の我がままな心を牛耳って、他のために尽くせる心の大きなボス的存在の人を、まさに牛
それでは又、1月11日よりお耳にかかりましょう。