テレホン法話 一覧

【第1215話】 「持戒というブレーキ」 2021(令和3)年9月21日~30日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1215話です。

 被告は「踏み間違いの記憶はない」と一貫して無罪を主張してきましたが、裁判官は「アクセルを最大限踏み込み続けた。ブレーキは踏んでない」と認め、禁固5年の実刑判決を言い渡しました。いわゆる池袋暴走事故の裁判でのことです。

 2019年4月に東京池袋で暴走した乗用車が母と子を死亡させ、9人に重軽傷を負わせました。運転手は旧通産省工業技術院元院長という肩書で、現在90歳という高齢のこともあり、その言動が注目されました。車の異常で暴走したなど、あくまでも自分には過失がないとの主張でした。しかし、車の電子データや「ブレーキランプがついていなかった」という目撃証言などを踏まえて判決は下されました。更に判決は、過失を認めない姿勢を「事故に真摯に向き合い深い反省をしているとはいえない」と批判まで加えています。そして、期限の今月16日までに検察と被告が、控訴しなかったため、実刑判決が確定し、被告は収容されるとみられます。

 アクセルとブレーキの踏み間違いによる人身事故は、過去5年間で2万1千件を超えて、248件が死亡事故につながっています。事故を起こさないように、細心の注意を払うのは当然のことです。しかしふたつ並んであるペダルを、何かの拍子に踏み間違えることがないとはいえません。

 さて、お彼岸ですがその教えには、人間が人間らしく生きていくための道しるべが示されています。そのひとつに「持戒」というのがあります。持つという字と戒律の戒と書きます。戒を保って、節度ある生活態度を習慣づけ、反省することを忘れない生き方をするということです。単にルールを守るというだけではありません。勿論交通ルールを守らなければ、事故につながりますので、それは最低限のことです。そして規則というのは、何々してはならないという罰則が主になっています。

 ところが仏教でいうところの戒は、「してはならない」という意味ではありません。その語源はサンスクリット語の「シーラ」という言葉です。それは「人間として、すべきでないことはしないぞ」と常に思い続け、習慣にしていくことです。もっと言えば、仏の教えに生きるものとして、悪いことをしようと思っても、仏に邪魔されて、道をはずれることができないということです。

 私たちの心にもアクセルとブレーキはあります。戒を保つている人は、踏むべき時にきちんとブレーキを踏むことができます。人間ですから車のブレーキの踏み間違いによって、事故を起こさないとも限りません。問題はその後に、心のブレーキも踏まずに、反省をしないことです。90年もの輝かしい人生を歩んできた人が、1回目にブレーキを踏まなかったとしても、次回も繰り返しては、シーラという持戒を無視した暴走人生になりかねません。自戒を込めて申し上げます。

 それでは又、10月1日よりお耳にかかりましょう。

【第1214話】 「失ったものを数えない」 2021(令和3)年9月11日~20日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1214話です。

 そのラストシーンは感動的で強く印象に残りました。40年前に見た「典子は、今」という映画です。両腕を失ったサリドマイド児として生まれた典子が、船から海に飛び込み、大海原をひとり泳ぐのです。両足だけで力強く泳ぐ姿を、上空のカメラが捉えています。そこに本人も歌っている映画のテーマソングが流れます。彼女の行く末に無限の可能性が広がっていくことを暗示するかのようなエンディングでした。

 当時19歳で熊本市役所に勤務する辻典子さん本人の主演です。彼女は言います。たとえば健常な赤ちゃんに言葉は教えますが、手を使うことは特別に教えたりしません。でもいつの間にか手を使うことを覚えます。わたくしは足が手、足が足なのです。人が手でやることを足でやる、それは生きるための本能だと思います。

 足だけで車の運転をする免許取得日本人第一号にもなりました。結婚もし2児の母親にもなりました。健常者から見れば当たり前にできることを、典子さんも当たり前にできるように、何事においても前向き取り組んできました。それにしても、すごいことだと思うのは差別の裏返しになるかもしれませんが、東京パラリンピックでも、映画と同じような感動がいくつもありました。

 女子100㍍背泳ぎで銀メダルを獲得した山田美幸さん。パラリンピック日本勢で史上最年少の14歳11カ月のメダリストです。生まれつき両腕がなく足にも障害があります。それでも陽気な性格で物怖じしない新潟県の中学3年生です。小学1年から水泳教室に通っていました。両腕がないので足だけが頼りです。元々脚力は強かったそうですが、パラリンピックを目指して、特訓を重ねました。それは重さ3キロもあるプールの四角い排水溝の蓋を、体にくくりつけたベルトで引きずって泳ぐというものです。そのレースを見て、40年前の典子さんに重なるものがありました。

 現代のパラリンピックの原点は、イギリスのグットマン博士が、負傷した兵士の治療回復にスポーツを活用したことです。障害を負った人も、車いすで卓球やバスケットボールに打ち込み、リハビリ効果を上げて、社会復帰につながっています。その博士の理念は「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」ということです。

 全て揃っていてもやろうと思わなければ、1ミリも前に進みません。何か不足があったとしても、1ミリでも可能性があるならやってみようと思える人は、どんどん前に進んでいきます。そして揃っている人に限って、他と比べがちです。「だれか」とではなく「昨日の自分」と比べることが、成長の秘訣とある人が言いました。典子さんも美幸さんも、昨日より今日よくできた自分を素直に喜んで成長してきたのでしょう。

 ここでお知らせいたします。8月のカンボジアエコー募金は、803回×3円で2,409円でした。ありがとうございました。

 それでは又、9月21日よりお耳にかかりましょう。

【第1213話】 「一茎菜の命」 2021(令和3)年9月1日~10日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1213話です。

 時恰も宮城県で緊急事態宣言が発令された8月27日、仕出し業者から封書が届きました。「コロナ禍で仕出しの形態も様変わりし、新しい生活様式に適応すべく様々な経営努力を行ってまいりました。しかし厳しい状況は続き苦渋の決断として、廃業することになりました」という挨拶状でした。

 長年、葬儀や法事の供養膳の仕出しでお世話になってきた業者でしたので、驚きました。確かに参列者が揃って供養膳を囲むことは、ほとんどなくなりました。今や折詰め供養膳を持ち帰ってもらい、各自で召し上がってくださいというまるで弁当感覚です。お膳をはさみながら故人を偲び、供養する貴重な時間が失われつつあります。

 現在コロナ禍が一因で経営破綻している企業は約2千社で、ここ10年間の東日本大震災における震災関連倒産に匹敵する数字とか。わずか1年半で全国の都市に広がっています。業種別では飲食業が最多です。休業・時短営業・酒類の提供停止となれば、当然のことでしょう。

 そんな中で開催された東京オリンピックで、とんでもないことが起きていました。開会式があった国立競技場で1万食発注したスタッフ用の弁当のうち、約4千食分が廃棄されました。需要予測を誤った結果だそうです。大会組織委員会の最終的な発表では、7月3日から1カ月間で、全42会場中20会場で調べたところ、約13万食が廃棄され、廃棄率は25%ということです。まさか仕出し業者の廃業に配慮して、水増し発注したわけではないでしょうが・・・。せっかく作っても食べてもらえないのでは、レースに出る前に失格したようなものです。廃業にも通じる無念さがあります。そして食べ物の命を軽んじた、あまりにもずさんな対応です。

 さて修行道場には、食事を司る典座(てんぞ)という重要な役職があります。修行僧の命を預かるといってもいいでしょう。曹洞宗を開かれた道元禅師は、典座がなすべき事柄を微に入り細に入り『典座教訓』に著わしました。その中に、「一茎菜(いっきょうさい)を拈じて丈六身(じょうろくしん)となし、丈六身を請して一茎菜と作せ」と記されています。一茎菜とは1本の野菜、丈六身は仏のからだをいいます。つまり、1本の野菜でも仏のからだとしてたいせつに扱い、仏のからだを1本の野菜に込めて大切に生かしなさいと食材に対する心がまえを説かれています。

 ひとつと数えた弁当にもにも多くの命が詰まっています。ひとつでも弁当(十)とはこれ如何に。ひとりでも選(千)手というが如し。選手の命と記録を支えてきた限りない食材の命に改めて思いを馳せています。コロナやオリンピックがあってもなくても、私たちは食べなければ生きていけません。近い将来に飲食業が復活することを願ってやみません。

 それでは又、9月11日よりお耳にかかりましょう。

【第1212話】 「ヒマワリ」 2021(令和3)年8月21日~31日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1212話です。

 昔のこと、田植え前の田んぼ一面にレンゲの花が咲いていたのを覚えています。米が実ったり花が咲いたり、田んぼはすごいと思ったものでした。しかし、あれは自然発生のレンゲではなく、栽培していたものだったのです。いわゆる「緑肥」です。植えた植物を肥料として土壌に入れたまま耕すものです。

 その緑肥としてヒマワリが人気を集めています。山元町では東日本大震災で沿岸部が災害危険区域になってしまいました。人々は新天地での生活を余儀なくされました。昔の宅地跡や農地は集約整備されて広大な農地になりました。地元の農業生産法人がそこを管理して、タマネギなどを生産しています。その農地の肥料としてヒマワリを植えているのです。

 4年前から、毎年場所を代えて広大なヒマワリ畑を一般公開しています。今年は震災遺構の中浜小学校の北側です。近くにある震災慰霊塔の日本最大級古代五輪塔の「千年塔」や全国から寄せられた黄色いハンカチがはためくポールも望めます。東京ドームの約1.5倍の4.7ヘクタールの広さに、約170万本のヒマワリが咲き誇っています。一面黄色のヒマワリ畑と震災遺構や慰霊塔の風景は、如実に復興を物語っています。

 もっとも、ヒマワリ畑になっているところは、10年前は普通に人々が生活していた中浜地区という集落です。海から数百メートルですので、全ての家屋は流されました。犠牲者も百人を超え町内でも一番多い地区です。初めて中浜地区を訪れてヒマワリ畑を見た人は、それだけで十分に感動するでしょう。一方昔を知る人は、その変わりように複雑な思いを抱くかもしれません。また10年かけてここまで来たぞと感慨深げに過ぎし日を思う人もいるでしょう。

 それやこれやの思いを抱きつつも、ヒマワリ畑を見渡せば、活力が湧きます。ヒマワリはその花を見ただけで、ワクワクします。「百万本のバラ」以上の数は、圧倒的な迫力があります。どんな言葉よりも、復興を示す説得力があります。そして緑肥の効果というのは、地力(ちりょく)を与えるだけでなく、保水力を高めたり、塩類障害を防止します。更には、害虫の発生を抑制したり、作物の病気の低減も望めるそうです。ヒマワリを見ていれば、私たちの心にも、良い肥料が蓄えられるかもしれません。相手を思いやる包容力を高めたり、けがや病気の障害を克服する精神力を養ったり、怠け心を省みる地力(じりき)が付くなどの効果です。

 今年のお盆は雨にたたられ一度も太陽を拝むことができませんでした。しかし、ヒマワリは元気に咲いています。日々災害や「過去最多」の感染者数が報じられ、滅入ってしまいます。せめて「今日咲いた」ヒマワリを見て、明日へのエネルギーを培い前に進みましょう。イッチニ・イッチニ、今回の法話は1212話でした。

 それでは又、9月1日よりお耳にかかりましょう。


ヒマワリ畑と震災遺構の中浜小学校

【第1211話】 「空蝉」 2021(令和3)年8月11日~20日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1211話です。

 コロナのせいで聞きなれない横文字ばかりか、日本語でも珍しい言葉が日常化しています。人の流れを指す「人流」などは、辞書にも載っていないのにです。「無観客」という言葉も、気の毒な響きしかありません。そのほぼ無観客の東京オリンピックも終わりました。しかし、徳本寺境内は喧しいまでの声援で溢れています。蝉の声です。

 地面の至る所に蝉の幼虫が出てきた穴が確認できます。鐘撞き堂には、一時22匹分の蝉の抜け殻がそこかしこにへばりついていました。体操競技でいえば、D難度級のアクロバティックな姿で、屋根の垂木の先に止まっているものなども見られました。一本の南天の枝に5匹分の抜け殻がまとまっていたりと、実に多彩な蝉の競演です。

 蝉の抜け殻を「空(から)の蝉」とかいて「空蝉(うつせみ)」と言います。なるほどと思わせる字ですが、空蝉にはもうひとつ意味があります。「この世の人」とか「人間が生きているこの世」という意味でです。元々はこの世に存在する人間は、空しく儚い存在ということで、現にいる人と書いて「現し人(うつしおみ)」から転じた言葉です。

 蝉の一生は、幼虫で土の中にいる期間が、数年から5年で、その後地上に這い出して、殻から羽化して成虫になります。抜け殻を残して、やっと蝉となって一人前に鳴くことができたと思っても、せいぜい1週間から3週間の寿命です。無常を象徴するような存在です。

 人間は蝉と比べたら何千倍もの命を生きることができます。ただその中身において、蝉と比較したときはどうでしょう。蝉は確かにごく限られた期間の命とはいえ、一心不乱に鳴き尽くして生涯を終える潔さは、賞賛に値します。一方人間は、今日さぼっても明日やればいい、来年までには何とかしようなどと、先延ばしをすることが多々あります。命に限りがあることに目をつぶっているからです。

 さてお盆お季節です。私たちのご先祖さまは、コロナ禍をものともせず、人流というか霊流というか大きな流れに乗って、故郷に帰って来ます。そしてこんなことを言うかもしれません。「あの世に行ってみると、この世の儚さが身に染みてわかるよ。生きているときはそのうちやろうと思っていた。結局できないでいるうちに、制限時間が来てしまった。人生に延長戦も敗者復活戦もないのだからね」

 「空蝉にひとしき人生吹けば飛ぶ」(阿部みどり女)。境内の蝉の声援は、「蝉の抜け殻は吹けば飛ぶかもしれないが、人間が蝉以下になってはいけない。それには私たち蝉と同じように命には限りがあることを自覚して、常に力を尽くすことです」と言っているかのようです。「人間の底力をば蝉に見せ」(文明)

 ここでお知らせいたします。7月のカンボジアエコー募金は、728回×3円で2,184円でした。ありがとうございました。それでは又、8月21日よりお耳にかかりましょう。



ぶら下がっている抜け殻と蝉

【第1210話】 「ウルトラC」 2021(令和3)年8月1日~10日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1210話です。

 「ウルトラC」という言葉は、1964年の東京オリンピックの体操競技で、日本選手が最高難度Cを超える技を披露したことから生み出されたものです。現在は、男子はAからIまでの9種類、女子はAからJまでの10種類の難易度で評価され、ウルトラCという技はありません。ただ、一般には奥の手などの意味で使われます。

 さて、この度の東京オリンピックの体操で内村航平が、得意の鉄棒で演技開始30秒余りで、まさかの落下。予選敗退となりました。失敗したのは難易度Dのひねり技で、昔ならウルトラCだったかもしれません。ただこれまでミスをしたことがなかった技です。そして彼は体操について言います。「失敗したことのない技でも失敗する。これだけやってきても、まだ分からないことがある。おもしろさしかないですよね」

 その彼が今までで一番うれしかったことは、小学校1年の時に、鉄棒で「けあがり」ができたときとか。「周りはみんなできているのに、自分だけできなかった。やっとできたときは誰も見ていないかった。みんなに知ってほしくて体育館中を走り回った」そうです。オリンピックで金メダルを取った喜びすら、この時のけあがりを超えられないとまで言うのです。何にも染まらないひたむきな子ども心で成し遂げた技が、彼の体操人生の原点でした。

 この度のオリンピックでも子どもが感じる楽しさの計り知れない可能性を示した選手がいます。日本史上最年少の13歳で金メダリストになった西矢椛(にしやもみじ)です。スケートボードストリートと言われても、初めて見た競技は路上での遊びの延長という印象でした。彼女は5歳の時から始めて、その面白さにはまったのでしょう。とにかく楽しいから、ネットなどで仲間同士見せ合いアドバイスし合って、難易度の高い技に磨きをかけてきました。

 どの世界でも頂点を極めるには、凡人の想像を超えた探求心や鍛錬がなければならないでしょう。それが辛い苦しいの連続では、挫折するばかりです。辛い苦しいと思う前に、楽しいおもしろいという喜びに出会える人は幸いです。それは大人より子どもの方が可能性があります。素直で純粋だからです。赤ちゃんの笑顔に癒されるのは、ただ笑っているからです。誰かに受けようと思って笑っていないからです。内村少年は鉄棒に、椛ちゃんはスケートボードにただ喜びを感じ、それをずっと続けてきたのです。「しないでいられないことをし続けなさい」漫画家水木しげるの言葉です。

 私も「門前の小僧習わぬ経を読む」ように、幼い時にお経のおもしろさに目覚めればよかったのにと今は悔やんでいます。ただ私にはウルトラCの奥の手があります。それは天下の宝刀ともいうべき、仏法の灯である法灯です。お釈迦さまからの法灯をお授けして、これまで何千人も成仏に導いてきました。いまだかつて、仏の世界からこの世に戻った人はひとりもいません。お釈迦さまの奥の手は、深淵なのです。

 それでは又、8月11日よりお耳にかかりましょう。

【第1209話】 「コロナオリンピック」 2021(令和3)年7月21日~31日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1209話です。

 薬を与えることを「投薬」と言います。注射することは「注射を打つ」と言います。医療現場では、投げたり打ったり、かなりアクティブです。更にコロナワクチン接種に関連して、注射をしてくれる人を「打ち手」とまで言っています。ワクチン接種とはいえ、狙い撃ちされそうな感じすらします。

 おかげさまで、狙い撃ちされて、先日町でのワクチン接種の2回目を済ませることができました。幸いにして接種時の副反応もありませんでした。ただ、打たれただけあって、左腕にかすかな打撲感は残りました。それでも「新型コロナワクチン予防接種済証」が手元にあるのは心強いです。ワクチンで十分な免疫ができるのは、2回目の接種後7日が経ってからだそうです。何とかオリンピックの開会式に間に合うというタイミングですが、今更それはどうでもいいことです。

 ただ、オリンピックの理想とするところは、スポーツを通じて、世界の人々が手をつなぎ、世界平和を目指すことでもあるでしょう。そう思えば、私も含め極一部の人だけが、オリンピックに間に合ってワクチン接種が済んだと喜んでいいのでしょうか。国内外を問わず多くの人が、選手のみなさんの活躍は期待しつつも、素直に開催を喜べないでいます。それは純粋に手をつなげないからです。コロナ禍の中で、距離をとれ、声を出すな、挙句に無観客では盛り上がりません。

 宮沢賢治は言いました。「世界ぜんたいが幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」。これは理想であり、世界全体の幸福を待っていたら、いつまでも幸福は訪れないかもしれません。しかし、事コロナに関しては、一部の人だけがワクチンを接種しても、ウイルス感染を防ぐことは不可能です。どこの国でも全体の6割くらいの人が接種を終えた時、感染の勢いが弱まるという報告もあります。その意味では、ウイルス感染防止のためのオリンピックこそ今開催すべきでしょう。

 元より医療現場では、投げたり打ったりということが行われています。オリンピックのモットーである「より速く、より高く、より強く」ということを感染防止に活かしていくわけです。数多くのワクチン接種を速く済ませられる方法や、感染した重症患者を治療できる高い技術や、1回の接種だけでも感染防止できる強いワクチンや飲み薬の開発などを競うというオリンピックです。そこでメダルを取ったすぐれたものを世界全体で共有していくのです。そのくらいの覚悟をしなければ、コロナ終息は見えてこないかもしれません。

 「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サ二モ マケヌ丈夫ナカラダヲモッテモ コロナニハ カナワヌ」のだから、「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウ二イレズ二」世界全体を見渡す広い心を持ちましょう。

 それでは又、8月1日よりお耳にかかりましょう。

【第1208話】 「観音さまの写経」 2021(令和3)年7月11日~20日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1208話です。

 「ろくまんくせんさんぱっし」法華経全巻の総文字数の覚え方です。漢文で69,384文字あります。28品つまり28章から成り立っています。お釈迦さま滅後500年頃に、その教えを元に編纂された膨大なお経です。その内容はお釈迦さまの大慈悲心で苦しんでいる人を救い幸せをもたらすというものです。

 今全世界がコロナ禍で苦しんでいます。東京の相川孝子さんは、コロナワクチンの2回の接種を終えて、7月の雨の日徳本寺にお出でになりました。写経なさった法華経全巻を納経するためです。写経の最後には「為 新型コロナウイルス感染終息 令和3年5月吉日 東京都板橋区相川孝子 謹書」と力強い筆跡で記されていました。7万字に及ぶ経文は、写経用紙で206枚にもなります。1枚写経するのに約1時間から1時間半かかるそうです。今年1月30日から始められた大精進です。

 実は平成25年8月に相川さんは、津波で流された徳泉寺復興の「はがき一文字写経」のことを、新聞で知り写経を送って下さいました。その後もお彼岸などの節目に写経を送り続けてくださいました。それは復興が成し遂げられるまで続き、とうとう120枚の「はがき一文字写経」になりました。全国47都道府県すべての方から、2千枚を超える写経をいただきましたが、お一人で120枚は破格です。

 遅々として復興が進まず、心が折れそうな時、相川さんから送られて来る「はがき一文字写経」にどれだけ励まされたかわかりません。こうして見守ってくれる方がいるのだからと、心を奮い立たせてきました。その相川さんがなさった法華経全巻の写経です。霊験あらたかと思わずにはいられません。尊い写経をお供えして、私も改めてコロナ終息祈願のお勤めを致しました。

 さて、法華経の霊験にまつわる物語があります。曹洞宗を開かれた道元は、1223年真の仏法を求めて中国に渡ります。4年半後正伝の仏法を会得して帰途に就きます。当然船旅です。天候まかせ運まかせの命がけの航海です。大海に出て数日後すさまじい暴風雨に襲われました。船内は大混乱となりました。しかし、道元は泰然自若として坐禅の姿です。そしてこの時唱えたお経が、法華経第25の「観世音菩薩普門品」です。その一節にはこうあります。「念彼観音力 波浪不能没」つまり「彼の観音の力を念ずれば、波の中に没することもないだろう」と説きます。かくの如き力を信じて、道元は一心に観音さまを念じたのです。するといつしか嵐も治まり、無事九州の港に着くことができました。

 更に「観音妙智力 能救世間苦―観音さまのすぐれた智慧の力は、よく世間の苦しみを救うだろう」という一節もあります。まさに相川さんの観音さまのような慈悲の心による写経が、震災からの困難を経て、徳泉寺の復興を導きました。コロナという苦難にもきっと終息が訪れると信じています。「ろくまんくせんさんぱっし」億万の人が苦戦しているコロナですが、やがて散発的になり消えてしまいますように・・・。

 ここでお知らせいたします。6月のカンボジアエコー募金は、182回×3円で546円でした。ありがとうございました。それでは又、7月21日よりお耳にかかりましょう。

【第1207話】 「良薬」 2021(令和3)年7月1日~10日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1207話です。

 「薬九層倍」という言い方があります。薬は原価の9倍もの売値が付いているということで、その儲け巾の大きさを表しています。その理屈を当てはめるまでもなく、現在一部の製薬会社は大きな利益を得ています。新型コロナワクチンの開発に成功したところです。世界でのその市場は今年で8兆円という試算があります。

 私も先日8兆円の内の1300円の恩恵にあずかってきました。日本で新型コロナウイルスワクチンの接種費用は、1回あたり約1300円だそうです。我が町でもやっと接種が始まりました。小さな町なので、予約の必要もなく、町から指定された日時・場所で問題なく済ませることができました。ファイザー社製のワクチンでした。2回目も自動的に指定され、今月半ばの予定です。

 当然高齢者優先の措置です。車椅子で付き添われた方や耳が遠く説明が聴きとりにくい方もいましたが、みなさん淡々とした対応でした。ワクチン接種後、経過観察ということもあり、すぐには帰れません。係の人がきっかり15分後に、一人ひとりに声をかけ帰っても良いことを促していました。まるでタイム差でスタートする時の駅伝選手のようでした。

 ワクチン接種で万全ということではないでしょう。しかし、説明によれば、接種した場合の発症予防効果は約95%ということでした。もしほんとうに九層倍のワクチンだとしたら、95%くらいの効果はあって然るべきでしょう。先ずは期待しましょう。

 さて、仏の教えにも薬は付き物です。修証義というお経には「早く仏法僧の三宝に帰依し奉りて衆苦を解脱するのみに非ず菩提を成就すべし」とあります。そして「仏は是れ大師なるが故に帰依す、法は良薬なるが故に帰依す、僧は勝友なるが故に帰依す」と示されています。仏とは偉大なる師つまりお釈迦さまで、法は仏の教えで心の病をいやす良薬であるとたとえています。そして僧は仏道を実践する和合衆で勝れた友であるというのです。この仏法僧を3つのたいせつな宝つまり三宝と言います。三宝に帰依することにより衆苦という諸々の苦しみを脱して、悟りという仏の道を成し遂げなさいと説いています。

 コロナ感染という苦しみを克服する良薬はやはりワクチンでしょうか。そして勝友に相当する和合衆は、緊急事態であれ蔓延防止であれ、その不自由さに耐えながら支え合って凌いでいる私たちとも言えます。しかし、肝心の大師たる人物がいません。この国のリーダーは危機管理に対しては右往左往して、説得力のない「安全安心」とか「国民の命を守る」という言葉を、空念仏のように繰り返すばかりです。コロナも三宝が整って終息という道が成し遂げられます。大師不在の三宝では、国民の明日は八方ふさがりになってしまいます。

 それでは又、7月11日よりお耳にかかりましょう。

【第1206話】 「父の呟き」 2021(令和3)年6月21日~30日


 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1206話です。

 6月20日の父の日を前にした6月14日に、作曲家で俳優の小林亜星さんが5月30日に88歳で亡くなったと報じられました。万人に愛されたCMソングなどを手がけた実績は高く評価されています。更にはテレビドラマ「寺内貫太郎一家」での、頑固一徹な父親役で強烈な印象を残しました。

 あれから50年近く経って、もはや「頑固おやじ」は何処にありやです。それでなくても「父の日」は影が薄くなっています。子ども時分はともかく、大人になるにつけ父親との会話をはじめとした接触は少なくなるような気がします。貫太郎さんのように、怒鳴ったり張り倒したりという濃厚な接触は、ほとんどなかったと自分の子ども時代を振り返って思います。

 私の父は徳本寺の住職でしたので、私にとっては父であり師匠でした。しかし、不肖の弟子でしたから、師匠に対して十分な接し方ができなかったかもしれません。今年10月にはその師匠の23回忌を迎えます。そして亡くなった年の夏のことが忘れられません。

 お盆をまじかに控えた8月9日のこと。かねて予約してあり父が入院する日でした。私が車を本堂前に止めて、父を後部座席に案内しようとしました。父はすぐに車には乗らずに、本堂の屋根を見上げて、大きくため息をつきました。それから徐に車に乗り込んだのです。わたしはゆっくり車を走らせました。お墓が見えなくなるあたりで、父はポツンと言いました。「お寺が一年中で一番忙しくなる時期に、入院できるなんて、幸せなことだ」。それは語り掛けるでもない、独り言のような言葉でした。

 その時は、「入院するのは、心配ではあっても、幸せなことなどないだろう」と思っていました。住職が留守の中で、お盆の行事をどうやりくりするかという不安もあって、真意を理解しかねていました。それから2カ月後、父は再び本堂を仰ぐことなく、79歳で生涯を終えました。

 今なら弟子として息子として「入院できるなんて、幸せなことだ」という師匠である父の思いは理解できます。面と向かって「ありがとう」とか「ご苦労さん」と口にするような父ではありませんでした。頑固ではなかったでしょうが、丁寧に説明することもあまりありませんでした。そんな父は「お盆の忙しさに一緒に立ち向かうことはできないが、後はお前に任せた。お寺のことをすっかり任せられる弟子がいるのは、師匠としてこの上ない幸せなことだ」という思いを込めて、車中で呟いたのかもしれません。

 考えてみれば、それは師匠である父からいただいた最初で最後の誉め言葉だったような気がします。「寺内貫太郎一家」ならぬ、「寺の内を一家言(いっかげん)を以って貫け」との励ましとも受け止めましょう。6月30日は父が健在ならば、100歳の誕生日に当たります。

 それでは又、7月1日よりお耳にかかりましょう。