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【第1082話】 「人生最後の食事」 2018(平成30)年1月11日-20日

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1082.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1082話です。

 「人生の最後に食べたいもの」というアンケートの新聞記事を読んだことがあります。生きていると、いつ、何が起きてどのような最期を迎えるかわからないが、もし選べるとしたら人生の最後に何を食べたいですか、という内容です。その結果は、にぎり寿司が断然トップで、ごはん、刺し身、カレーライス、ケーキと続きます。

 昨年の大晦日の夜、お檀家のAさんのお宅では、当たり前に年越しの食卓を囲みました。普段は自宅療養で寝ている93歳のおじいさんも加わり、子どもや孫も集い、にぎやかに宴が繰り広げられました。ハレの日のご馳走であるお寿司やオードブルに、おじいさんも舌鼓を打って、たいそう満足していました。まだまだ元気で、来年も一緒に暮らせるだろうと誰もが思いました。

 しかし、元旦の朝起きてみると、おじいさんはベットの上で、変わり果てた姿になっていたのです。寺にお知らせに来られた息子さんは、「お正月なのに、こんなことってあるのでしょうか。つい数時間前まで、家族と一緒に食べたり、おしゃべりをしていたんですよ。信じられません」と、言うのです。

 おじいさんが普通の健康状態ではなかったとはいえ、あまりに突然に、しかも元旦に旅立つとは・・・。人の命の儚さと、いつとは知れず訪れる無常の風の非情さを思わずにはいられません。「門松は冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」という一休さんの歌が重なります。私たちは正月を迎える度に、一年前よりは、確実に死ぬ時期に近づいています。決して遠ざかることはないのです。ただ、どの程度近づいているかは誰も判断できません。だからみんなめでたい存在でいられます。

 亡くなったおじいさんは、ご自分の最期をどの程度思い描いていたかは分かりません。結果的に人生最後の食事となった大晦日のお寿司は、とても象徴的です。何よりそのお寿司をひとり黙々と食べたのではなく、家族と一緒にいただくことができたのですから、うらやましくもあります。

 冒頭のアンケートの記事で、ある男性はこう言っていました。「最期は突然やってくるかもしれない。すべての食事を常に最後の食事と思っていただく」。まさにその通りです。毎食これが最後の食事と思えば、うまいもまずいも超えて、かみしめて味わい尽くそうとするはずです。そして、人の生き死には、大晦日も元旦も関係ないのです。無常の世にあって、毎日が生涯で一番新しい日であり、毎食が生涯で最後の食事になるかもしれないのです。そして、ごはんのお替りはできても、時間じかんのお替りはできないのです。

 ここでお知らせ致します。12月のカンボジア・エコー募金は、158回×3円で474円でした。ありがとうございました。

 それでは又、1月21日よりお耳にかかりましょう。

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