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【第1048話】 「仏の神力」 2017(平成29)年2月1日-10日

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1048.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1048話です。

 大相撲の横綱は、オリンピックで金メダルリストになるよりより難しいと言われます。夏季オリンピックの日本人金メダリスト第1号は、アムステルダム・オリンピックでの織田幹雄選手。それから88年を経て、昨年のリオ・オリンピックまで95人います。そして、大相撲の横綱は江戸時代以降72人だけで、しかも日本人は66人です。

 稀勢の里が大相撲初場所で初優勝を飾り、横綱に昇進しました。72人目の横綱ですが、日本人としては19年ぶりというということで、一層の注目を集めました。思えばちょうど一年前、琴奨菊が日本人としては10年ぶりの優勝を果たして、日本中が湧きました。やはり国技とまで言われる大相撲ですから、日本人に活躍して欲しいというのは、偽らざる心情でしょう。

 さて、横綱は成績が良いだけでなれるわけではありません。そこが他のスポーツと一線を画します。勿論「2場所連続優勝もしくはそれに準ずる成績」という高い実力は求められます。しかし、単なるチャンピオンではありません。「品格、力量抜群」でなければ、「推挙」されません。「横綱」は元々、綱そのものを指しました。白麻で編んだ太い注連縄(しめなわ)です。注連縄を張るところは当然神様のいるところです。その昔大相撲には横綱という地位はなく、大関の中で品格・力量が抜群の者に与えられた綱であったそうです。番付に横綱と銘記されたのは、明治23年のことです。

 横綱を張るものは神の依り代といわれ、神の域の存在です。神業を発揮するが如くの強さがあり、神の如く万人から崇められるほどの尊さがなければならないということでしょう。単なるチャンピオンや金メダリストであれば、メダルをかじったりして、喜びを表す選手もいますが、勝敗以前に土俵内外における真摯な姿勢が求められるのも大相撲です。

 「横綱の名に恥じぬよう、精進いたします」と、稀勢の里は横綱昇進伝達式の時、口上を述べました。誰にも分かりやすい言葉でしたが、その通り実行するのは誰もができるものではないでしょう。「横綱の名に恥じぬ」とは、横綱という綱の意味が分かって、神の域を汚すことのないように精進するという、これ以上にない決意表明です。

 稀勢の里という四股名(しこな)は、親方の元横綱隆の里が、大本山永平寺の秦慧玉禅師から授かった「稀(まれ)なる勢いを作(な)す」という言葉を温めていて、これぞという弟子に付けたということを知りました。大本山の禅師といえば、我々にとっては横綱のような存在です。稀勢の里の横綱は、仏と神を結ぶ太い綱とも言えるでしょうか。「舎利礼文」というお経に、「仏の神力を以って衆生を利益せん」とあります。「仏の神通力で人々を悟りに導く」ということでしょうが、稀勢の里には、益々勢いをつけて、本来の相撲の魅力を人々に示してほしいものです。

 それでは又、2月11日よりお耳にかかりましょう。

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