法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第1033話】 「移転400年」 2016(平成28)年9月1日-10日

再生ボタンをクリックすると 住職が語る法話を聴くことができます

法話の再生1033.mp3


1033.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1033話です。

 歴史上に伊達政宗がふたりいることをご存じですか。お馴染み独眼竜政宗は伊達家17代目で仙台の伊達藩主です。号を貞山と言います。そして伊達家9代目にも同姓同名の伊達政宗がいます。号を儀山と称します。伊達家中興の祖とも言われています。伊達家は福島県伊達郡がその発祥の地のようです。

 9代政宗の弟に宗行なる人物がいます。彼は伊達家より大條村に所領を与えられ、大條の姓を名乗ります。現在の福島県伊達市梁川にその城跡はあります。この大條宗行こそが、徳本寺を開かれた開基様です。徳本寺は大條家の菩提寺として、今から575年前の嘉吉元年(1441)に建立されたのです。

 ところが伊達家17代政宗が慶長6年(1601)に仙台を治め伊達藩主になると、伊達家の仇敵・相馬氏の中村藩の最前線を治めるようにと、大條家に宮城県坂元の地を与えます。こうして、大條家8代目の時、梁川から坂元に知行替えとなり、坂元の蓑首城主に納まります。元和2年(1616)9月のことです。その時、徳本寺も現在の坂元に移転建立されました。今年がちょうど移転400年になります。

 大條家は代々蓑首城主として継承されますが、大條家17代道徳の時、幕末から明治維新にかけての激動の時代に歴史は変わります。戊辰戦争に敗北した伊達藩はお取り潰しの危機に陥りました。大條道徳が新政府代表の木戸孝允(たかよし)と交渉の末、伊達家と藩の存続が認められました。道徳はこの功績により、伊達家29代慶邦(よしくに)より、大條から伊達の姓に戻すように命じられ、伊達宗亮(むねすけ)と改めます。余談ですが、この宗亮の4代後の子孫に「伊達みきお」なる人物がいます。今をときめくサンドウィッチマンその人です。

 大條家は今から約600年前に伊達家より分家して興されました。以来20代続いています。徳本寺も575年の歴史を刻み、私で25代目になります。3代目の洞観曹大和尚の代に現坂元に移転し400年。巡り合わせを感じます。因みに400年前の1616年には、洋の東西で巨星が没しています。徳川家康とシェークスピアです。人生80年と言われる時代に、百年単位で物事を考えたりすることはあまり日常的にはないかもしれません。しかし、一人ひとりの一日一日の積み重ねが、いつの日か歴史と呼ばれるようになります。ただ、それをしっかりと伝えていかなければ、「歴史に埋もれた」の一言で、片づけられてしまいます。

 たとえば千年に一度の東日本大震災と言われながらも、わずか5年半程度で、4年に一度のオリンピックの興奮に飲み込まれてはいないでしょうか。大震災で家屋敷の移転を余儀なくされた方がたくさんいます。移転の初代として、100年後200年後にも伝えられるような精進の日々を送りたいものです。

 それでは又、9月11日よりお耳にかかりましょう。

法話のご案内 一覧