法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第1030話】 「己が身に引き当てる」 2016(平成28)年8月1日-10日

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1030.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1030話です。

 10年以上前のこと、ある神父さんがこう言っています。「『どうして人は人を殺すのか』というのは普通の質問だが、『どうして人を殺してはいけないのか』と言われるようでは、その社会がおかしくなっている」。人は生涯のうち、一度や二度は殺したいほど人を憎むようなことがあるかもしれません。しかし、実行に移す人は稀です。人を殺してはいけないということに疑問すら持たないからです。

 世界各地で自らの政治色・宗教色を誇示するが如く、闇雲に何の落ち度もない人々を殺害する無差別大量殺人が勃発しています。そして、我が国では無差別ならぬ、明らかに差別をした大量殺人が起きました。7月26日未明、相模原市の障害者施設で、入所者19人が刺殺され、職員を含む26人がけがを負うという事件です。犯人は元職員の26歳の男性でした。彼は日頃「障害者は周りの人を不幸にする。いない方がいい」という持論を掲げていました。そして、明らかに障害者を差別し標的として殺人に及んだのです。

 身の毛が弥立ち、血も凍る犯人の所業と言わざるを得ません。そんな人間こそこの世から抹殺しなければと、世の中から思われたらどうでしょう。そのことを犯人は想像したことはないのでしょうか。「人殺し」という極端な例を挙げるまでもなく、自分が人からされて嫌なことは、人にもしないという人としての押さえ所が確立していないのは未熟な証拠です。或いは自分勝手な思い上がり人生を歩んでいる人でしょう。

 お釈迦さまの言葉に「すべての者は鞭に怯える すべての者は死に怯える 己が身に引き当てて 殺してはならぬ 殺させてはならぬ」というのがあります。誰しも暴力や死を恐れない人はいません。「己が身に引き当てる」とは、自分が怯えていることは、他の人もそうなんだから、自ら手を出さない。私は殺されたくない、だから殺しもしないということです。

 「どうして人を殺してはいけないのか」という問いに対して、「命はかけがえのないものだから」というのも答のひとつです。殺す人も殺される人も命のスペアはありません。死んだ命は二度と生き返ることができないのです。そして私たちの命は授かった命であり、自分で作り出したものではありません。その人なりの命の使い方をして、やがてお返ししなければなりません。それまでは自分の命を誰にも脅かされず、精一杯命を輝かせるように生きることがその人の人生です。輝いている人は幸せです。障害のあるなしに関わらず。その幸せを「己が身に引き当てて」みて下さい。幸せと思えたらそれで良し。そう思えなくても心配はいりません。「幸」という漢字を書いて、さかさまにしてよく見て下さい。やはり「幸」という字に見えませんか。

 それでは又、8月11日よりお耳にかかりましょう。

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