法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第1025話】 「父の背中 子の背中」 2016(平成28)年6月11日-20日

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1025.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1025話です。

 大袈裟に言えば、世界中が注目した日本人のしつけでしょうか。北海道の小学2年の男の子が、公園で小石を人や車に投げました。父親は言うことをきかない男の子を、しつけのために山中に置き去りにしました。すぐに迎えに戻ったものの、男の子は行方不明となり、警察・消防・自衛隊を動員して捜索が行われました。不明から6日経った6月3日の朝、捜索対象外の、現場から5キロメートル先の自衛隊演習場の建物の中で、無事保護されました。

 この出来事は海外でも大きく報道されました。奇跡的に無事だったことを喜ぶと同時に、「しつけのために置き去り」にしたことに注目が集まったようです。日本人はそこまでやるのかという批判と、そこまで厳しくしつけができる日本人はすごいという見方もあるようです。日本人の中でも、置き去りは虐待だという意見もあれば、似たようなしつけは経験があるという声も聞こえます。勿論、男の子の父親は、自分の行き過ぎた行動で、息子に辛い思いをさせたことを悔いていますし、関係者・捜索に当たった方々へお詫びの言葉を述べています。良くも悪くも父親の存在が浮き彫りにされました。

 さて、今は亡き私の父は、大正10年会津地方の小さな寺の次男として生まれました。小学校に入る前に、新潟の寺に小僧に出されました。そこでは学校は二の次で24時間、寺中心の生活というより修行でしょうか。朝、学校に行く前に本堂や境内の掃除、葬儀があれば学校を早退し、夜に住職さんが出かけるときは提灯を下げてお供をするなど、今では考えられない小学時代を過ごしたようです。

 小学2年の時、ある葬儀のお供で、住職さんとお経を挙げていました。たまたま長い葬儀で、途中小便を催したのですが、子どもごごろに言い出すこともできずに、小便まみれで泣きながらお経を挙げたそうです。そんな苦労をして小僧時代を過ごしただけあって、父は書いても読んでも、草むしりでも人の倍も三倍もできる坊さんでした。

 今どき小僧経験のある坊さんは珍しくなっています。しかし、小さい時の苦労が染みついている背中を見ると、自分など足元にも及ばないと思うばかりでした。こんな俳句に出会いました。「耐え抜いた 父の背中を 辞書とする」まだまだ教えてもらいたいこと、否その姿から学ぶべきことがあったはずなのですが、今は叶いません。19日が「父の日」であり、6月30日が亡き父の誕生日ということでの私事をお許し下さい。

 広い意味では小僧修行もしつけでしょう。程度の差はあれ、子どもにとってしつけは耐えることでしかないかもしれません。北海道の男の子は特異な例としても、きちんとしたしつけで育った子の将来は期待できます。男の子の父親の今の心境は「耐え抜いた 我が子の背中 抱く未来」でしょうか。

 ここでお知らせ致します。5月のカンボジア・エコー募金は、228回×3円で684円でした。ありがとうございました。

 それでは又、6月21日よりお耳にかかりましょう。

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