法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第1003話】 「筆を揮う」 2015(平成27)年11月1日-10日

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 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第1003話です。

 その少女は運動会の駆けっこでは、いつもみんなから大きく離されてビリでした。そんな中、前を走っていた女の子が転びました。少女が抜き去りビリを返上できると誰もが思いました。しかし、少女はその子のところで立ち止まり、手を取って「大丈夫?」と声をかけ、起きるのを手伝いました。結局少女はビリでした。その少女こそダウン症の書家として今を時めく金沢翔子さんです。

 先日その金沢翔子さんが、大本山總持寺の本堂である大祖堂で大きな紙に大書する場面に立ち会う機会がありました。大祖堂は千畳敷と称されるほど広い本堂です。その中央部分の大間と言われる144畳敷きのところに紙が2枚用意されました。1枚の紙は横5メートル縦4メートルと言いますから、10畳間よりも広い面積です。1枚に1文字を書きますが、2文字を書くだけで墨は10リットル以上使うそうです。筆はと言えば、ご本人の背丈ほどもあり、墨を含むと20キログラムにもなるとのこと。

 始める前に、ご本尊さまの前で手を合わせ、しばらくお唱えごとをなさっていました。その日の特別な趣向として、会場があまりの広さなので、気持ちを集中させる意味で、大太鼓を叩いてもらいながらの揮毫でした。紙全体を見渡して、字配りを考えるなどということはしません。1文字につき3回ぐらいの墨継ぎをしますが、思いのまま一気に書き上げます。横から見ているだけでは、字が大きすぎて、その全体が見えないので、なんという字を書いているのか分かりません。

 完成した作品を正面から拝見して、やっとその字が分かりました。般若心経の「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提 薩婆訶(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか)」という1節にある「羯諦」という2文字です。この1節は呪文のようなもので、インドの言葉の発音をそのまま漢字で音訳表記したものですが、「羯」は羊篇に「曷(かつ)」、「諦」は諦めるという字です。

 「羯諦」は「行ったものよ」と意味であり、呪文を意訳すれば「向こう岸に完全に行ったものよ」ということになります。向こう岸とは彼岸即ち悟りを表します。般若心経の説く「空」という悟りの完成した境地を称えたものです。「空」とは計らいを捨て、何らこだわらないということです。

 運動会で自分の勝敗にこだわらず、目の前の困っている人に素直に手を差し伸べる思いやり。紙の大きさに動じることなく、筆と墨と紙と一つになり、無心に筆を揮う翔子さん。邪心がなく、その1画1画の突き抜けた力強さが、人を感動させるということを実感しました。翻って、「弘法も筆の誤り」ではなく、筆に謝りたい邪心に満ちた我が僧侶の心です。

 ここでお知らせ致します。テレホン法話の千話を記念して、テレホン法話集『千話一話―3.11その先へ』(定価千円)が発売されました。書店もしくは徳本寺でお求めください。徳本寺にはこちらからお申込みください。

 それでは又、11月11日よりお耳にかかりましょう。

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