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【第977話】 「預骨棚がなくなった日」 2015(平成27)年2月11日-20日

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 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第977話です。

 東日本大震災を後世に伝える遺構として、保存の是非が議論されているものの一つに、南三陸町防災庁舎があります。世界的にも認知度があり、保存する価値があるという意見。職員ら43人が犠牲になった所でもあり、見るたびに辛い思いをする遺族感情にも配慮すべきだという意見。宮城県では県有化を要請していますが、簡単に結論は出ないようです。

 徳本寺にも震災遺構というほどではありませんが、震災を物語るものがありました。それは遺骨を預かる預骨棚です。檀家さんの約3分の1のお宅は沿岸部にありました。大津波に襲われ壊滅状態になりました。お墓もありましたが、石が流されお骨堂も抉られるほどの被害でした。そんな中、次々と犠牲者の連絡が入りました。

 お葬儀ができる状態ではないものの、火葬された遺骨を預からなければなりません。納骨できるお墓もなく、ほとんどの方は避難所暮らしで、遺骨を安置するところがないのです。この先何人の方の遺骨を預かるのか想像もつきませんでした。お墓をいつ復興できるのかの見通しも、全く立てることはできません。

 急遽、位牌堂に臨時の預骨棚を設置しました。震災発生間もない4月22日のことです。末寺の徳泉寺の檀家さんも同じような状況でしたので、その遺骨も預かりました。震災以後、病気等で亡くなった方の遺骨も預かりましたので、多いときで200を超える遺骨が安置されていました。連日お参りの方が絶えませんでした。お盆お彼岸は勿論、震災の月命日である11日は、特に多くの方がお参りに訪れました。中には毎朝決まった時間に手を合わせに来られる方もいました。

 徳泉寺は少し早めにお墓が復興し、昨年春頃までにはだいぶ納骨が進んでいました。徳本寺は沿岸部の墓地を移転したこともあり、昨年5月にやっと造成が完了しました。それからは予想以上の早さで、新しい墓が建てられ、納骨供養が勤められました。まだ納骨までには少し時間を要する方もいますが、臨時の預骨棚の役目は終わったと判断し、昨年12月6日に棚を撤去しました。設置から1325日経っていました。

 震災遺構はその形を残すことで、言葉では伝えきれないことをも後世に伝えていけます。しかし預骨棚は最初からこの棚がなくなる日が、復興への一歩になると思っていました。震災での犠牲という理不尽さを抱えた遺骨、その落ち着き所がないというのは、遺族の方の何よりの気がかりでした。だから仏さまの住まいであるお墓を建てて納骨された方は、心から安堵していました。そして、次は自分たちが落ち着ける新しい住まいを整えていこうという覚悟が見えてきています。

 ここでお知らせ致します。1月のカンボジア・エコー募金は、84回×3円で252円でした。ありがとうございました。
 それでは又、2月21日よりお耳にかかりましょう。

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