法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第958話】 「復興ゼミ」 2014(平成26)年8月1日-10日

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 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第958話です。

 「蝉鳴く樹少なくなりて村ひらけ」徳本寺境内に建てられている唯一の句碑です。檀家さんでもありホトトギス同人島田紅帆先生の俳句です。先生はすでに故人となられましたが、地元の若菜俳句会を立ち上げた方でもあり、その俳句会の方が昭和50年に建立された句碑です。俳句そのものがいつ作られたかは定かでありませんが、おそらく昭和30年代かと思われます。徳本寺の住所が山元町坂元となったのは、昭和30年のことで、それまでは坂元村でした。

 さて7月の日本列島は猛烈な暑さが続きました。7月26日は気象庁の927観測地点中、最高気温が35度以上の猛暑日は25パーセントの231地点になりました。30度以上の真夏日は76パーセントの702地点です。7月に猛暑日地点が200を超えたのは初めてだそうです。徳本寺あたりも十分に真夏日が続きました。しかし、蝉の声がいつものように聞こえないのです。7月8日に蝉の初鳴きを聞いたのですが、その後暑さに輪をかけるような、喧(かまびす)しいまでの蝉の大音響がないのです。蝉の数が減っているような気がします。

 心当たりがあるとすれば、境内の周りの樹木をかなり伐採したことです。東日本大震災の大津波で沿岸部の中浜墓地が壊滅状態になったため、移転を余儀なくされました。それに伴って境内地を墓地にする造成工事を行いました。長い間徳本寺を見守り続けてくれた樹木達ではありましたが、止むを得ない措置でした。伐採する前に、樹木達に詫びるように、また工事が無事完了するようにとの想いを込めて、読経をして手を合わせました。おかげさまでこの5月に造成工事が完了し、中浜新墓地となりました。

 実は島田紅帆先生のお墓は中浜墓地にありました。残念ながら、お墓は流されてしまい、ご遺骨を特定することはできませんでした。ほとんどの方がそのような状態でした。やむなく壊滅状態のお墓の中の砂などをある程度収集して、移転した新墓地のシンボルである「縁満塔」の中に納めました。そこが中浜に住まいしていた方のご先祖と縁を結ぶ新たな起点であるということで、どなたにでも手を合わせていただいております。

 蝉の声が少なくなった分、中浜墓地に眠っていたご先祖さま方が、新しい墓地に移転できて、復興へ一歩二歩と踏み出すことができたとしたら、蝉に許してもらえるでしょうか。50年以上前に紅帆先生が感じた村発展の陰での蝉への憐れみ。今私たちは何としても復興へ向かわなければなりません。故郷の環境の変化という痛みも伴います。多くの命の支えがあっての復興であることを忘れないようにしたいものです。「蝉鳴く樹生い繁りて里復興」といつの日か詠めるような復興を目指しましょう。そのためにはもっと勉強しなければなりません。「復興ゼミ」が中浜新墓地で連日開催されています。お参り下さい。

 それでは又、8月11日よりお耳にかかりましょう。

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