法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第952話】 「大震災という縁」 2014(平成26)年6月1日-10日

再生ボタンをクリックすると 住職が語る法話を聴くことができます

法話の再生952.mp3


952.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第952話です。

 「新墓地を象徴する『縁満塔』は永代供養墓であるが、大震災もひとつの縁であり、それを機縁として集う人々、それにつながるご先祖も円満で安らかに過ごせるようにとの願いが込められている。塔の下には中浜墓地より収集された有縁無縁の遺骨・砂等も合葬されている」

 これは東日本大震災の大津波で壊滅状態となり、内陸部に移転された徳本寺の「中浜新墓地」の縁起碑の一文です。私はあえて「大震災もひとつの縁」であると表現しました。「縁あって巡り合うことができた」とか「縁あって結ばれた」という「縁」のイメージからすれば、大震災など、とても「縁」とは思いたくないかもしれません。しかし、縁なくしてこの世のものは何ひとつ存在しません。すべてのものは関わりあって存在しているという縁起の法こそが、お釈迦さまのお悟りの根本です。

 その究極の心は、「人はどうして死ぬか」という問いに対して、「人は生まれてきたから死ぬのだ」という答えの中にあります。私たちは生きている間に様々な出会いがあります。良き出会いもあれば、避けたい出会いもあります。一番避けたいのは死ぬことでしょうが、それも叶いません。だとすれば、死ぬまでにどう生きるかということを常に念頭に置いて生きていくことは大事です。

 大震災さえなければこんなことはなかった、というのは数えきれないほどあります。しかしこれからは、大震災があったにもかかわらず、ここまでになったと言えるような前向きの結果を目指す時です。大震災がなければ、墓地移転などはなかったでしょう。移転せざるを得なくて、新たなところに集うことができたことを、新墓地の使用者は喜んでおります。新墓地の象徴の縁満塔は、円満解決の円満ではなく、ご縁が満ちてここに集うという「縁満塔」です。大震災を縁として受け容れ、それを乗り越えて、新たな縁を築いていきましょうということでもあります。

 大震災の津波ばかりではなく、少子高齢化の波も、この町に及んできています。自分の代で我が家の縁は切れてしまうのではないかという不安を抱える人が、震災前から少しずつ増えていました。自分亡き後、無縁のお墓になるのは忍びないと誰もが思っています。そのような方の想いを汲んで、家という垣根を超えて、誰もが使用でき、みんなで縁をつないでいき、最終的にはお寺で永代に供養しますということで、縁満塔ができました。生きている時も、死んでからもみんな仲間です。

 私は新墓地竣工式のパンフレットに「なかはまの新墓地に集う なかまは好し ここから記す 復興へ一歩」と書きました。「なかはま」と「なかまは」は平仮名で書けば、同じ4文字がちょっと順番を変えて並んでいます。これもご縁です。

 ここでお知らせ致します。東日本大震災を語り継ぐテレホン法話集の第2集が出版されました。『一歩先へ 二歩先へ―3.11その先へ―』定価1000円。ご希望の方は徳本寺までご連絡ください。電話0223-38-0320です。
 それでは又、6月11日よりお耳にかかりましょう。

法話のご案内 一覧