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【第898話】 「難行苦行」 2012(平成24)年12月1日-10日

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898.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第898話です。

 「難行苦行」は仏教用語です。お釈迦さまは29歳の時、この世の苦しみを想い、みなの幸せを願って出家します。当時多くの修行者が、苦行林で行っていた苦痛を伴う苦行という修行法を、6年間続けられました。しかし、納得できるものではなく、何ら安らぎを得ることはできませんでした。必ずしも苦行が正しい修行でないと感じ、苦行林を出ます。尼連禅河(にれんぜんが)で沐浴をし、村の娘より乳粥の供養を受けて、菩提樹の下で坐禅をなさいます。坐禅三昧になって8日目の朝、即ち12月8日に明けの明星をご覧になり、お悟りを開かれます。道を成就したということで「成道(じょうどう)の日」といわれています。

 「難行苦行」とは、お釈迦さまのように、苦難に耐えてする修行を言います。転じて、ひどい苦労をすることをも意味します。この度の東日本大震災で被災した人々にとっては、あれから難行苦行を重ねている日々です。しかし、それは修行ではありません。たまたま遭遇した災難です。修行なら自らの意志で、行うこともやめることもできます。災難は自分の力の及ばないところもあります。

 お釈迦さまが、苦行が正しい修行でないと思われたように、この度の災難が尋常でないことは、誰にも明らかです。辛うじて難を逃れた私たちは、少しずつ平静を取り戻していかなければなりません。これからの真の復興を願うとき、いかなる試練も乗り越えようという強い意志が求められます。それこそが他人事ではなく、我がこととして行う修行ともいえます。

 震災当時の明日をも知れない混沌としていたころは、心穏やかではなく、悲しみと不安でいっぱいでした。今はその状態よりは好くなっているはずです。村娘の乳粥の供養のように、多くの人々からの支援をいただき、窮状からの回復はある程度果たせました。さてこれからの、坐禅三昧ならぬ復興三昧の気概や如何。

 坐禅を始めるとき「欠気一息(かんきいっそく)」といって、背筋を伸ばし、下腹に力を入れて、大きく息を吐き出します。頭に血が上っている時などに、気持ちを落ち着かせるのに役立ちます。先ずは様々な世間のしがらみを、すっかり吐き切って下さい。自分中心の想いだけで復興を考えても、事がうまく運びません。冷静になって世の中全体を見渡す心の広さが必要です。

 世の中が冷静でいられなかった時から1年9カ月。いまこそ欠気一息して、心静かに行く末を見つめてみましょう。お釈迦さまが、明けの明星をご覧になって、「世の中のすべてはお互いに支えあっている」そして「すべては変わっていく」ということを悟られました。この教えをかみしめながら、明け方に東の空を見上げて下さい。ひときわ輝く星が見えます。その星を道しるべとして、苦行を復興という偉業に結び付けましょう。

 それでは又、12月11日よりお耳にかかりましょう。

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