法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第886話】 「千羽鶴」 2012(平成24)年8月1日-10日

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20120801-1.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第886話です。

 夏祭りをするとか、花火を打ち上げるというのは、生きている喜びの発露であり、こう生きていきたいという願いの表れでもあるでしょう。また、それと全く反対に、亡き人への鎮魂という意味合いを持たせるときもあるのではないでしょうか。8月6日から8日までは、東北の三大夏祭りに数えられる仙台七夕です。それにあやかったわけではありませんが、現在徳本寺の山門には、竹飾りのアーチが施されています。

 昨年の大震災以降、全国の方より、復興を祈願して或いは、震災で犠牲になった方のご冥福を祈って折ったという千羽鶴が贈られていました。よくぞこんな小さい鶴を数え切れないほど折ったものだと感心させられるもの。普通の折り紙で折った大きさながら、その彩りの美しさには息をのむほどのもの。変わったところでは、銅板を折り紙に見立てて作った「銅板の折鶴」まであります。さすがにそれは千羽ではありませんが、親子鶴の如く、2羽3羽とつながっています。

 これまで、なかなか飾る機会も場所もなかったのですが、ある程度の数にもなったので、七夕の雰囲気で、竹飾りにしてみました。折り紙の中でも最も知られているのが折鶴でしょうが、手が込んでいるもののひとつでもあります。細かい手仕事は、一羽折るだけでもたいへんなことです。それを千羽も折るのは、余程の根気が必要です。一羽折る毎に、きっと様々な願いや祈りを込めることでしょう。それを飾って見ているだけで、願いが叶ったり、祈りが届くような気になっても不思議ではありません。

 曹洞宗を開かれた道元禅師さまは、お釈迦さまが亡くなった時のことに触れて、「鶴林月落ちて暁何ぞ暁ならん」という言葉を残しておられます。鶴林とは、お釈迦さまが沙羅双樹の中で亡くなられたときに、その嘆きの象徴の如く、あたりの樹木に白い花が咲き、鶴が群がっているように見えた様を言います。お釈迦さまが亡くなったという天下の一大事に、沙羅の林に月は落ちて、時は暁といえども、とても朝などやって来そうにないとの思いを述べたものでしょう。

 この度の「千年に一度」と言われる大震災の一大事を思い、鶴林の如くに全国から集まった折鶴たち。「鶴は千年 亀は万年」という言葉そのままに、鶴よ千年後にも伝えて欲しい。もはや明日は来ないのではないかと思ったほどの地獄のような惨状を、どれだけ尊い命が失われたかを。そして何より、折鶴たちの願いを背に、人々はその惨状から如何に立ち上がり、復興への道のりを歩んだかということを。

 たちが千年後の人々に恥ずかしくない報告ができるように、今私たちは、ツルっと道を滑らすことなく、しっかり大地に根差した生き方に専念することでしょう。

 それでは又、8月11日よりお耳にかかりましょう。

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