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【第883話】 「能登の祖院」 2012(平成24)年7月1日-10日

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20120701N.jpg お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第883話です。

 5年前の平成19年3月25日午前9時42分、能登半島地震が発生。マグニチュード6.9、死者1人、重軽傷者327人、全壊家屋525棟、半壊家屋774棟という被害でした。そして、直下型地震の震源のそばに位置していた大本山總持寺祖院は、伽藍等が甚大な被害を受けました。祖院ばかりでなく、この被災地となった地域は、信仰心篤き土地柄で、約2千の寺院が存在します。そのうち少なくとも400ヵ寺以上の寺院が、罹災しました。

 大本山總持寺祖院は、曹洞宗の本山の一つである總持寺が、元々ここにあったところです。明治31年の大火で、伽藍のほとんどを焼失し、これを契機に、本山は現在の横浜市鶴見に移転しました。百年程前の明治44年のことです。それより前に、能登の總持寺も一部復興はしていました。そして、昭和27年になってようやく伽藍が整い、祖院と称されるようになりました。しかし、能登半島地震により、またもや災禍に見舞われたのです。

 曹洞宗にとっては、聖地とも言うべき、なくてはならない寺院です。建物のほとんどは文化財指定を受けているような由緒あるものでした。それ故に、壊れたからといって、簡単に解体するわけにはいきません。新たに建築するよりは、ずっとたいへんな技術も経費も時間もかかる復元工事が予想されました。しかし、全国の曹洞宗寺院を挙げての支援があり、復興は着実に進んでいます。

 先月、たまたまその總持寺祖院をお参りする機会がありました。山門はしっかり立っているようなのですが、よく見ると、山門の屋根が、山門袖の屋根にめり込んでいます。山門全体が沈んだことがわかります。それでも、修行の中心である坐禅堂は、すっかり修復され、修行道場としての看板は輝いていました。本堂にあたる大祖堂は、すっかりシートに覆われて大改修中でした。完成までにはあと数年はかかりそうです。

 ともかく、火災に遭い、地震に見舞われながらも、その都度、不死鳥の如くに甦っていく總持寺祖院の姿を目の当たりにして、勇気づけられる思いがしました。祖院ばかりではなく、本堂・庫裏が一瞬のうちに倒壊してしまったお寺が、新たに建立されたところもありました。街並みも、地震の傷跡をほとんど感じさせないほど、きれいに整備されて、生まれ変わった街のようでした。5年の歳月にどれほどの、人々の想いとエネルギーが費やされたかと感服しました。

 總持寺を開かれた瑩山禅師(けいざんぜんじ)様の最期の言葉である遺偈には、「自ら耕し自ら植える閑田地、幾度か売り来たり買い去って新たなり」とあります。自ら耕して作った農地を幾度か売り買いしているうちに新しく広がっていったということですが、ここで言う「売り買い」とは修行と教化のことです。大地に根ざして修行し教化活動を続けられた瑩山禅師様の心が、今も能登の地に息づいて、今日の復興につながったのではないでしょうか。被災地の復興には、あらゆる支援が必要ではありますが、自らの信心の力があって、支援も活きることを能登で学びました。勿論しっかりノートに記しました。

 それでは又、7月11日よりお耳にかかりましょう。

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