法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第837話】 「経(きょう)から明日へ」 2011(平成23)年3月21日-31日

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 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第837話です。

 「根こそぎ」「木端微塵」「未曾有」「空前絶後」など、どんな言葉を駆使しても、この惨状を表現することはできません。言葉は虚しく響くだけです。ただ「言葉も出ない」というのが正直なところです。マグニチュード9.0の「東日本大震災」が発生し、大津波が東北地方の太平洋沿岸を襲いました。取り分け、岩手・宮城・福島県沿岸に、甚大なる被害をもたらしています。

 我が町、山元町も海と山に囲まれているため、長い海岸線があります。そこの松林を大津波が、根こそぎなぎ倒し、流木と化しています。その流木が、家屋や車にぶつかり、木端微塵に破壊しています。百軒単位のいくつもの集落が壊滅状態のありさまです。田んぼには苗の代わりに、真新しい家屋が斜めに埋もれていたり、車が突き刺さっていたり、巨大な松の木と電柱が喧嘩でもしたかのように、重なって横たわっています。にわとりが死んでいるそばに、将棋の駒の箱があります。ハイヒールの片方、結婚式の写真が張ってあるアルバム、貯金通帳など、私たちのごく普通の日常の何もかもが、一瞬にして泥に塗りつぶされてしまいました。

 そして、何人もの人の行方がわからなくなっています。変わり果てた姿となって、連日何名のも方が遺体安置所に運ばれています。一家で複数の犠牲者を出したところもあります。「まるで地獄を見ているようだ」と言った人がいます。でも、そこを地獄にしてはやりきれません。亡くなった方が浮かばれません。未曾有の大地震も、空前絶後の大津波も、私たちもその一員である自然界の出来事です。「音もなく 香もなく 常に天地(あめつち)は 書かざる経を 繰り返しつつ」とは、二宮尊徳の歌です。自然は常に、音も立てず、香りもせずして、天地いっぱいの命の営みを続けているということでしょうか。お経の「経」とは、「つね」であり、「時代を貫き変わらないもの」という意味があります。真実そのものです。

 この度、天地(てんち)は恐怖の音を立て襲いかかり、後には腐臭を残すという凄まじいお経を記しました。今は無理としても、いつかはその事実を受け容れなければなりません。そして、人類は人類でよって立つところは、この天地以外にありません。その天地に立ち、時代を貫き変わらないお経を持ち続けてきたことにも思いを致したいものです。そのお経とは、どんな苦難に遭っても立ち直り、更なる進歩を続けようという志です。いつの日にか、「あれは地獄ではなかった。今日の自分のスタート地点だった」と言えるよう、すこしずつ、気持ちを立て直しましょう。今、全国からそして世界各地から、支援というお経も届いています。変わらぬ人の心の温かさです。言葉は虚しくとも、お経は実感できるものです。そのおは「今日から明日への」橋渡しとなることでしょう。

 それでは又、4月1日よりお耳にかかりましょう。

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