法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第821話】 「ぺぺ達磨」 2010(平成22)年10月11日-20日

20101011.JPG お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第821話です。

 10月5日は、今から約1500年前に達磨さんが亡くなられた日「達磨忌」です。達磨さんはインドから中国に正伝の仏法である坐禅を伝えられた方です。達磨さんは禅の真髄を、「廓然無聖(かくねんむしょう)」という言葉で表わしました。雲ひとつない大空のようにカラッとして、澄みきったさわやかな境地で、何事にもこだわらない心もちを言います。

 まさにそのように晴れわたった「達磨忌」その日に、達磨さんのような風貌の青年が徳本寺にやってきました。しかもメキシコからです。丸顔で眉は太く、頭も剃っています。ぺぺという愛称です。私の知人の娘さんと結婚をして、メキシコでレストランなどを経営している方です。奥さんである知人の娘さんの実家を訪れていたので、この機会に日本の文化に親しんでいただきたいということで、知人が案内をしてきたというわけです。

 知人はぺぺさんに坐禅と写経を体験させたいというのです。娘さんの通訳で、簡単に達磨さんや坐禅のことを説明し、早速坐ってもらいました。足を組む習慣のない人がいきなり坐禅はきつかったでしょうが、かろうじて足を組み、真剣に坐禅を修行しました。

 続いて、お経を写す写経にチャレンジです。写経も坐禅と同じで一字一字書くことだけに専念して、一切のこだわりを捨て切って、そこに成りきる行です。墨をすり、筆で読めない字を書くというのは、修行というよりチャレンジという感じだったかもしれません。般若心経を写経したのですが、画数の多い漢字などは、絵を描く感覚かもしれません。横棒を右から左に書いたり、縦棒を下から上に書いたりという具合です。

 日本人でも、筆で字を書く人は少数派で、写経をする人は、更に少ないわけですが、ぺぺさんには何事もやってみようという気持ちが表れていました。とても初めて筆を持って、初めて漢字というものを書いたとは思えないしっかりした出来栄えでした。

 終わってから、感想を聞くと、坐禅をしている時は、自分がこの世に初めて生まれ出たところにいるような感じだったと言います。達磨さんは、澄みきったこだわりのない境地を説きました。我々も生まれたばかりの頃は、眼も澄みきって、ほんとうに屈託がないあるがままの姿で生きていたはずです。大人になって少しばかり知恵がついたり、体力がついて余計なものを背負い込んでしまいます。

 ぺぺさんは右も左も分からない日本で、言われるままに坐禅や写経に打ち込みました。それは赤ちゃんのようなまっさらな心で臨んだから、自分がこの世に初めて生まれ出たところにいると感じたのかもしれません。ぺぺ達磨さん、あなたは十分に禅を体感してくれました。和尚が○(まる)を上げます。
―達磨は丸だ(ダルマはマルダ)

 ここでご報告いたします。9月のカンボジア・エコー募金は、261回×3円で783円でした。ありがとうございました。

 それでは又、10月21日よりお耳にかかりましょう。

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