法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

【第816話】 「いつのまにかおらんよ」 2010(平成22)年8月21日-31日

 お元気ですか。3分間心のティータイム。徳本寺テレホン法話、その第816話です。20100821.jpg

 「神隠し」とは、子どもなどが急に行方不明になったとき、それは神や天狗などのしわざだということを言います。今わが国では、子どもならぬ100歳を超えた高齢者が、紙には書いてあるが、その存在が杳(よう)としてわからないという方が続出しています。

 事の始まりは7月末に判明した、東京都足立区で都内最高齢男性とされていた111歳の方が、実は32年前に亡くなっていたという事件でした。しかも、遺体は自宅にミイラ化して置かれたままです。そして、家族は本人が生きているかのようにして、年金などは受け取っていたといいます。戸籍など紙に書いた存在は隠さず、仏さまを隠すとは罰当りなことです。孫さんにあたる方は「祖父は30数年前に『即身成仏したい』と言い出し、部屋に引きこもった」と言っています。即身成仏を「永遠の命」と解釈するのは良しとしても、世間的な命、肉体的な命には限りがあると納得して、精一杯生きるのが真の仏の教えです。

 ともあれ、その後も113歳で都内最高齢とされていた杉並区の女性も所在がつかめませんでした。その方の79歳になる娘さんは、「母に最後に会ったのは20年以上も前のことで、以来一度も会っていない」という始末。如何に大都会とはいえ、20年も30年も親の存在を気にかけないで生きていけるものでしょうか。

 その後、全国的に100歳以上の不明者を調査したところ、少なくとも279人にのぼることがわかりました。大阪・京都・東京など大都市部に集中しており、東北や北陸などの26県は一人もいませんでした。公的機関では「死亡届」が提出されない限り、その生死は確認できません。まったくの一人暮らしならいざ知らず、家族と暮らしているのに、死亡していようが、行方不明になっていようが、「届け出」もなく、周りもわからないというのは、家庭や地域におけるつながりの希薄さを物語っています。

 「いつのまにか おらんように なるのがええ」この言葉は、今回の高齢者不明を予言した言葉ではありません。4年前に87歳で亡くなった文楽人形遣いで人間国宝の吉田玉男氏の言葉です。『曽根崎心中』の徳兵衛役が当たり役で、生涯1,136回務めました。理知的な動きの中に、秘めた情感や品良き色香を表現して、最高峰と謳われました。世間から一目も二目も置かれる存在でありながら、そっと誰にも気づかれずに消えゆくように最期を迎えたいということでしょうか。それは、成すべきことは悔いなく成し遂げたと、自他ともに認められた人生にして、はじめて発せられる言葉かもしれません。むしろ、存在感が際立ちます。

 死んでいるのか、生きているのか、どこにいるのかもわからないという人生に、悔いのないはずがありません。惜しまれつつ最期を迎えても、死んで尚、生きておわしますが如くに、せめて家族や知人に手を合わせていただけるなら本望でしょう。これまではそんなことを誰も疑わずに、豊かに年を重ねてきたのですが・・・。今やこんな思いは「神懸かり」的な言動でしょうか。

 それでは又、9月1日よりお耳にかかりましょう。

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