法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

第753話 「光と影」(2008.11.21-11.30)

 「表裏一体」という言葉があります。「表」とはいえ「裏」があってはじめて「表」の存在があります。何事も「表」だけでは存在しません。そして、「光」と「影」もその通りです。この世が真っ暗闇であれば、影などはできずに、ただ暗いだけです。光があるから影ができ、影の存在が光を際立たせます。「光」と「影」も表裏一体といえます。

 さて、先般、DVD撮影に出演するご縁をいただきました。お葬式の内容等の説明をする映像資料を制作するためです。普通、お葬式にかかる時間は50分程度です。しかし、撮影はとある葬儀会館において、午後2時から準備して、夜を徹して行われ、終了したのは、翌朝の7時頃でした。そして、完成の暁には、15分間ぐらいの映像にまとめられるようです。

 たった15分の作品を制作するのに、どうしてそんなにも撮影時間がかかるのか不思議でした。実際に現場に立会ってみて解りました。撮影スタッフも言っていましたが、撮影とは"影との戦い"なんだそうです。暗いところでカメラは役に立ちません。光が必要です。光を当てれば、色々な影ができます。不自然な影はすべて排除しなければなりません。

 そして、被写体はできるだけ自然な色合いに映るような光の調整が求められます。そのためには、単にライトで照らせばいいというものではなく、反射板を使い、その角度を変えたりしながら、適正な明るさを出す作業はたいへんなものでした。そういえば、撮影の「撮」という字は、「つまむ・とる」という意味があります。「撮影」とは、まさしく「影をとる」作業なのです。

 ところで、「光と影」と同じような表裏一体が人生にもあります。それは「生と死」です。当然、生きている時間が光の当たっているときで、影は死を象徴します。撮影と同じように、死の影には会いたくないと思い、光の調整を怠らないようにしなければなりません。

 でも、影を忌み嫌うよりは、影があるからこその光である。死というものがあるから、現在の生が尊いものであり、輝やかせていかなければなりません。そんな思いで生きることが大切です。
 
 人生という映画では、監督は仏さまでしょうか。監督から主役に抜擢された私たち一人ひとりには、さまざまなスポットライトが用意されています。その中で精一杯自分の人生を演じなさいとご先祖さまも、陰ながら・・・・見守ってくれていることでしょう。
 
それでは、又12/1よりお耳にかかりましょう。

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