法話 〜3分間心のティータイム〜イメージ

第747話 「痛切に生きたい」(2008.9.21-9.30)

「敬老の日」を前に、厚生労働省は、全国の百歳以上の高齢者数が、9月末時点で、36,276人になると発表しました。集計を始めた45年前の1963年はわずか153人でした。それから年々増え続け、10年前に1万人を突破、3年前から3万人を超えています。これは、喜ばしい3万人突破ですが、喜ばしくない3万人突破もあります。

 それは自殺者の数です。日本の自殺者は、1997年の24,391人から、翌年の1998年には32,863人と急増し、初めて3万人を突破しました。以来昨年まで10年連続で3万人を超えています。昨年は33,093人でした。一日あたり90人、約16分に1人、日本のどこかで誰かが命を絶っていることになります。

 3万人を初めて超えた1998年(平成10年)は、大幅なリストラがあったりと、経済不況に陥った年です。同時に、テレビを中心とした家族団欒から、いつでもどこでも好きな時に情報を交換できる携帯電話やパソコンの需要を喚起した年でもありました。

 家族団欒がなくなって、自殺者が増えたなどという短絡的なことを言うつもりはありません。しかし、一人暮らしの孤独に耐えかねて自殺する人より、家族の中であまり相手にされず、自分の居場所がないと孤独になって、自殺する例が多いともききます。一人ひとりが好き勝手にしたい世代と、一つ屋根の下に居る限りは、面と向ってかかわりを持つ、ぬくもりのある関係を築きたいと思う世代のミゾは、意外に深いのかもしれません。

 しかし、どんなに自分の中で、何も成すすべがないと思っても、生きていることはそれだけで、何にも代え難い価値があります。こんな言葉に出会いました。

〜私が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が、痛切に生きたいと願った一日である〜 

生きている限りは、どなたにも平等に与えられている一日です。自分の計らい以前の大いなるご縁により与えられているのですから、自分で勝手に処分していいものでしょうか。

 あわてなくても、死ぬ時は間違いなくやって来ます。それまでは"痛切に生きたい"と、一日でも多く願えるようでありたいものです。叶うなら、それが(ひゃく)歳までも続くなら、飛躍・・(ひやく)的な人生が展開されることでしょう。

 それでは、又10/1よりお耳にかかりましょう。

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